EF60(2)オーバーホール

今は亡き、池袋本町のリトルモデルで購入したとても思い入れのあるEF60、油まみれの車体を洗浄したものの、走行系も気になります。。。というところからの続きですね。今日は(てか随分前のこと・・・2006年7月・・・なんですけど)徹底的にオーバーホールします。

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▲まずは車体を裏返し、ギヤボックスの蓋を開けてみます。やはり、というか、この時点で油の固着がありベトベトです。

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▲ネジも歯車もベトベト。これは掃除のし甲斐がありそうですね!旅館で使わなかった歯ブラシやKATOのユニクリーナー、割り箸やらシャツのぼろきれなど用意して掃除の準備。

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▲ごしごしと(やらせ写真!)

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▲ピカピカで気持ち良いですね!!ギヤもしっかりしているみたいだし、黒染め車輪が良い雰囲気ですね。

しかし、こうなると本格的に分解して徹底的にオーバホールしなければなりませんね。まずは部品を無くさないよう机の周りを整理して、ボディを外します。

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▲ネジなどはなるべく元の位置に付けられるよう、どの位置から外したかを分かるように置いておきます。とにかく細かい部品を無くさないように!

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▲ボディを外したところ。モーターの前後にはフライホイールが。これが素晴らしい走りをもたらしてくれるのですね。前後のヘッドライトなどへの通電は銅の板ばねを利用しています。電車などの電装で銅線をはんだ付けなどしていると分解しにくいのですが、これはワンタッチでとても良いアイデアですね。

とにかく天賞堂の模型は部品もかっちりと良く考えて作られていていますね!!分解してみると良くわかります。このEF60は安達製作所さんでしたっけ?

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▲下回りを裏返して特設ピット?に!実はその辺に転がってた昔キオスクで買った全国小版の時刻表の幅が丁度よかったです。

で、どんどん分解して、ごしごししているところは夢中で・・・写真なし!いきなり磨きあがっています。

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▲ピカっと気持ちよく!

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▲片側の台車でざっとこんな感じの部品点数です。もちろん両側やります。

磨きあがったら元通り組みつけていきますが、これは途中途中で歯車の回り具合を確かめながら地道にやっていきます。いったん組みあがっても試運転してみるとぎくしゃくしたり・・・何度か調整しながら組立ます。

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▲まずは直線で行ったり来たりしながら調整。軸受けにはタミヤのセラミックグリスを少量塗布、ギアにも精密機器用のミシン油を極少量(これが大事です。注し過ぎは二の舞になりますでね!)注します。

ボディも走行系もすっかりクリーンになり、天賞堂本来の極上の走りになりました。エンドレスで試運転します。あ、後ろの貨車はエンドウのプラキットのワム70000とレ12000、機会がありましたら裏庭貨車工房をご紹介しますね!

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▲すっかり蘇生した天賞堂EF60。これから裏庭鉄道の主力貨物機として頑張ってねー!!

さて、次回はインレタの貼り付け作業ですかね・・・

奈良電デハボ1000について

EF60の模型で盛り上がっているところですが、今回だけ違う話題(実車)を挟みます。
筆者は1978年から1981年まで奈良に住んでいたことがあり、その関係です。

奈良といっても色々ありますが、筆者は大宮町、近鉄でいえば新大宮、国鉄では奈良駅の近くでした。
1978年といえば近鉄はビスタカーIII世が華々しくデビューしたものの、通勤型はまだマルーン一色、非冷房車が主流の中で最初から冷房を搭載した8600が颯爽と走り、一方ローカル線には旧型車が残り、本線上に800系が闊歩していた時代です。

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▲西大寺5番線は橿原線、天理線の折り返し専用ホームでした。折しも橿原神宮前から到着した800系801急行が折り返すところです。ヘッドライトのシールドビーム化がなんとも残念なところ。

ちなみに国鉄は関西本線奈良までは電化されてましたが、それ以外は非電化路線。奈良機関区には多くのディーゼルカーが待機してました。ま、国鉄のお話はまた今度にして、70年代後半から80年代初頭の近鉄を、当時小学生だった私がとった不鮮明な写真で申し訳ありませんが振り返ってみましょう。(プリントをデジカメで撮っているためさらに不鮮明なことをお許しください。)

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▲その横、4番線には18200系が。行き先は「回送」となっており西大寺車庫への入庫と思われます。

18200系はこの独特の行き先表示窓が小学生当時の私には受けが悪く、あまりお気に入りではないのにやたらと登場する電車でした。やはり特急は▽マークでなければ!と思っていたのです。(好みは18000系)

さてその西大寺車庫ですが、まだおおらかな時代ですから、小学生が自転車でちょっと裏手に乗りつけて入り込んでもさしたる問題にはならなかったようです。そんな当時の西大寺車庫の写真をいくつかご紹介いたします。

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▲奈良線大型車のパイオニア900系901(左)とラインデリア化された8400系8312(右)

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▲残念な800系第二弾807、なんと側面の銀帯も省略されてしまっています。手元の写真を拡大してみるとステンレス帯の段差はあるので、ただ塗りつぶされてしまっているのでしょう。

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▲こちらの800系の側面は銀帯が残っています。右は8000系初期車でラインデリア以前の蒲鉾型通風機ですね。こやつは車内が扇風機だったのを覚えています。(左は800系809、右は8000系8556)

さて、いよいよ今日の本題です。その車庫の片隅に変わった荷物電車(事業用車)が居たので、小学生ながらこれは古くて珍しいと写真に収めたのがこちらです。

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▲独特な雨どいが描くルーフラインが美しい!近鉄モワ87。こんな車両までちゃんと?シールドビーム化されていますね・・・

このモワ87こそ、今では近鉄に合併されてしまった奈良電気鉄道創業時(昭和3年)に製造されたデハボ1000形じゃありませんか。近鉄ではモ430形を名乗り、最後に事業車化されてモワ87となったのです。

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▲美しい張り上げ?屋根と雨どいも創業当時のまま。側面客用ドアはオリジナルの中桟の入った窓ながら、運転室扉の窓と側面窓はアルミサッシ化されています。気合入ってますね!ピンボケ写真なのが我ながら残念。何やってんだオレ!

ものの本(『今よみがえる幻の奈良電気鉄道』中元雅博ライブラリーBRCプロ刊)によると、昭和3年の開業時に車体は日本車両、電装は東洋電機、台車は住友金属に発注し、自社新田辺車庫で組立とあります。24両が一度に作られ、奈良電で活躍したとか。当時はクリーム地に腰回りグリーンの奈良電オリジナルの美しい塗装ですね。
後にデハボ1002~1024がモ431~453と形式変更され、晩年にはそのうちのモ445がモワ87になったということで、辿ってゆくとこの車両は奈良電デハボ1016だったということに。

この車両が奈良の油坂から近鉄奈良までの大宮通りを、正面に若草山を見ながらごとごとと単行で登ってゆく姿を思い浮かべてしまいます。本当は模型でそんな姿を再現できたら、と思うのですが、今のところ私にはそのような技術がありません。いつかそんな車両ができれば・・・古い写真を見ながら傍らのウイスキーのグラスでは氷がパチンと溶けてゆく夜更けでした。

EF60(序章:リトルモデルの思ひ出)

むかし池袋本町に「靴屋」と呼ばれる模型店あり。
EF60を語る上で外せないのがこの「靴屋」さんなのです。少し長くなりますがお付き合いください。
「靴屋」さん、正式には「リトルモデル」さんと云いますが、今から四半世紀以上前、まだ筆者がNゲージを楽しんでいたころ、自転車で大山のグリーンマックスに行くときに、ついでに立ち寄るのがこのお店でした。狭い店内の片側では履物を扱い、一方で模型も取り扱っていたことから「靴屋」とみんな云ってました。その後次第に模型のエリアが拡大し、しまいには店内全体が足の踏み場もないほど、天井までうず高く積まれた模型で埋まっていきましたが・・・

店主の大塚さんは大正生まれ、とても気さくな方で戦後に好きなことをやりたいと模型店を始めたとか。戦争に行った仲間のなかには、趣味が高じて西武鉄道?の機関士になった人もいるとおっしゃっていました。最初の頃は学研のEF60とかキハ55系とかレアな模型を求めて通っていたものの、そんな大塚さんの人柄に魅力を感じて、私もすっかり入り浸ることに。2人も入ればいっぱいになってしまう店内で色んなお話を聞かせてくれました。関西のお土産と称して近鉄のミニチュア行先方向板などを持っていったら、お店の壁に貼り付けてくださったり。

その後、就職して多摩地区に10年ほど住んでおりましたが、しばらくご無沙汰しており、2005年前後に再び都心方面に戻ってきまして、ちょうどNゲージから16番HOゲージに転向するころ、10年ぶりにリトルモデルを訪れてみたのです。大塚さんも健在で、私がお土産に置いて行った近鉄の方向板もそのまま飾られていました。

いつものように前置きが長くなってしまいましたが、そんな店内で見つけたのが今回ご紹介する天賞堂1991年製EF60です。天賞堂の機関車というと10万越えが当たり前の昨今、少し昔の製品は品質も走りも良いうえに、サラリーマンでも何とか手が届きそうなお手頃な値段(といっても目玉が飛び出てしまいますが・・・)、かなり迷った上で見せてもらうことにしました。

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▲ようやく登場のEF60。当時移行期間のNゲージのEF60や当裏庭機関区初代16番ゲージ車両のEF65500Fと並べて・・・

高い位置に積まれた天賞堂の銀箱(青ラベル)を下してもらい、箱を開けてびっくり。どうもギヤに注したと思われる油が、梱包材のビニールを伝って車体全体にしみわたり、ベトベトの状態だったのです。大塚さんもこれならウン万円で良いよ、とかなりの値引き額を提示してくれました。さすがにそれでも高価な買い物ですのでその日は考えますということで辞退しましたが、やっぱり気になって、2回3回と見るうちに、この出会いは運命なんだ、この機関車を蘇生させよう、と意に決め購入と相成りました。

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▲そんなわけで、まず家に帰ってやったことはボディを分解し徹底的に中性洗剤で洗浄し、あとは熱し過ぎない程度にドライヤーを当てて乾燥し、再び組みつけました。

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▲車体を覆っていたベトベトが取れてみると、1991年製とは言え、さすがは天賞堂と言えるたたずまい。ATS車上子も良い雰囲気を持っています。

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▲釣りかけフックなど屋上のディティールも最新の模型のような過剰ともいえる緻密さは無いものの、模型的には好印象です。

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▲一つ目スタイルのEF60、高度成長期の物流を支えた昭和の雰囲気満点で筆者の好みであります。天賞堂1998年製TAギアのEF65500Fと比べても遜色のない外観、TA以前の旧式のギアボックス(今のベーシックシリーズと同じ)ですが、走りは極めてスムーズでした。

さて、このEF60、外観はきれいになり走りも良いものの、あの油まみれを見てしまいましたので駆動装置に一抹の不安を感じます。次回以降では、分解清掃、グリスアップ、車番インレタ等、実車の魅力にも触れながらご紹介して行きたいと思います。

長くなりましたが、このあたりで・・・

名鉄モ510(2)

前回ご紹介した名鉄モ510、いよいよインレタ張りに入りました。

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▲食卓の広いテーブルが臨時作業場です。

筆者がインレタ張りにあたって用意する道具類は、精密で良く切れるハサミ、セロテープ(片手でも切り取れるような、写真にあるようなしっかりした台座があるとなお楽)、ピンセット、バーニッシャー(転写するときにごしごしとこする、先の丸くなった道具)、そしてタミヤの薄め液X-20です。万が一転写に失敗したときに、最初はセロテープを張り付けて失敗したインレタを取り除きますが、それでも取れない場合に極少量綿棒などに付けてこするときれいにインレタがはがれます。今回は使いませんでしたが、用意しておくと気が楽になるというものです。(なおX-20といえど、大量に付けて強くこすると塗装面を痛める恐れがあります。ここは各自の自己責任でご利用をお願いいたします。)

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▲これがバーニッシャーというインレタを転写する道具です。模型店や画材屋などで取り扱ってます。

最近つくづく道具って大切だなと思います。以前はこのバーニッシャーの代わりに割り箸を鉛筆削りで尖らせたものや爪楊枝、インクの無くなったボールペンなどを使っていましたが、割り箸や爪楊枝は使っているうちにやわらかくなりすぎたり折れたり、ボールペンは引っかかったりで調子が悪かったですが、バーニッシャーを使うようになってから失敗確立が格段に減りました。僅かの投資で気持ちよく作業ができるわけですから、これは読者の皆様にもお勧めします。(最近の失敗原因は、むしろインレタが古くなって劣化している時などですね。)

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▲作業するときのポイントとしては、必ずインレタは必要部分だけ切り取り、このようなセロテープで固定しておくということです。セロテープの端を折っておくとスムーズに剥がせます。

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▲筆者はクリアコートなどは吹きつけませんので、付属のシートごしにバーニッシャーでごしごしとこすって仕上げます。これをやるかやらないかでも随分と強度が違いますよ!

人によっては転写後に慎重にクリアを吹き付けて固定させるかと思いますが、筆者は面倒臭がりなのでこれで済ませてしまいます。取り扱いには気をつけなければなりませんが、万が一剥がれたらまた転写すればいいか、とお気楽な考え方の持ち主です。

さて実車ですが、ウィキペディアの記述によるとモ510形は、大正15年美濃電気軌道で511~515まで5両製造され、模型のスカーレット一色、正面アルミサッシ化されたのが1972年以降、そして1988年に老朽化のため511と515がモ520形とともに廃車されました。残る512、513、514は白×赤の急行色に復元され2005年の名鉄岐阜市内等600V区間の全廃とともに運用を終了、静態保存となったことは記憶に新しいところです。筆者は悩んだ末に急行色に復元されることなく廃車された511と515へのオマージュとしてこの2車のインレタを選択しました。

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▲このようなインレタの貼り付けにくい場所も、セロテープでしっかり固定すればスムーズに転写することができます。

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▲車番が入るとやっぱりいいですねー!!生命が宿るというか、車両が生きてきます。

今回記事を書くにあたって色々調べていたら、スカーレット時代にモ520を使わない2両編成(つまりモ510どうしの2連)も運用されていたようなので、安心して連結運転を楽しめます。それにしてもこの模型の唯一の弱点は連結間が広すぎることです。模型的な急カーブに対応しているからなのですね。TOMIXオリジナルの連結器を使っているようなので、当面はこのままにするしかないようです。

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▲名古屋鉄道の書体は独特な雰囲気でカッコ良いですね。

あとは車体広告を何とかしたいのですが、どうにも良いサンプルが見つかりませんでした。Nゲージではモデモの模型にシールがあるようなので、連結間隔とともに長期課題です。それと、さらに気づいちゃいました。側面窓の保護棒もどうにかせにゃならんですね・・・これも大変そう!!

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▲というわけで、(仮)完成!赤い名鉄電車はやっぱりいいですね。

まだご紹介していませんが、名鉄車両はこれで7両目となります。後の5両はいずれまたご紹介します。
プロフィール

ウラタニハ

Author:ウラタニハ
はにたらうの”ウラニハ”へようこそ!1970年代~80年代に活躍した鉄道が忘れられず模型の世界にどっぷりとハマっています。たまに実物も。更新頻度は高くないかもしれませんが、とりあえず出発進行!

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