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天賞堂の9600九州タイプ


▲当鉄道初の蒸気機関車となります、天賞堂1998年製9600九州タイプデフ無です。

あれから1か月。月日が経つのは早いものですネ、と1か月放置すると出現するウザったい広告を見て思ふ今日この頃。
世間には冷たい風が吹き、仕事もプライベートも益々忙しさを増す年の暮れが近づいております。
そんなボイラーの温もりが恋しい季節!?当鉄道ウラニハ機関区に、16番ゲージ移行後初の蒸気機関車が入線することとなりました。

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▲箱を開けたところ。

以前にも申し上げましたが、筆者16番車両収集のコンセプトはSL全盛期以降の70~80年代。
筆者の生まれた時代、生活圏ではSLは梅小路で見るぐらいで基本的には姿を消しておりましたので、興味は高度成長期を支えたDLやDC、EL、ECとなるのですが・・・むしろ最近のほうが復活蒸気を見る機会も増えましたね!筆者などは国鉄制式機が牽引する列車に乗ったのは、真岡鉄道C12が初めてで、その後、高崎-水上でC61などSL牽引の列車に乗ることができたぐらいです。

ま、そんな感じで、模型収集のタブーを破って登場のSLなわけですが、別に筆者SLが嫌いなわけではありません。天賞堂のSLが今の1/8ぐらいの価格で買えたころ、中学生の筆者などは偉そうに天賞堂のカタログを眺めて、ため息をついていたのでした。

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▲御開帳!空気作用管をはじめとする各種配管類の引き回しが芸術品のようですなあ。

ちなみに、好きなSLの好みが偏っておりますが、大正から昭和初期の戦前タイプのSLが好きです。貨物機で云えばこの9600をはじめとしてD50、D51の初期型(半流)、輸入機のB6や4110などが好みで、旅客機であれば8620、C51、C53、C55ぐらいまででしょうか。特に大正から昭和初期の機関車で化粧煙突だったり、動輪がスポークだったりするとええなぁと思ってしまいます。

#ちなみにC50はなぜか苦手だったりします。理屈ではなく何となくの感覚なんですけどね。明確な理由は自分でも分かりません。

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▲SLの中でもクラッシックな感じが好きです。

世代的にはもはやSLの何たるか語る資格もありませんが、それとなく好きなイメージということになるのだと思います。Nゲージ時代にもSLは1両だけ在籍しておりましたが、KATOのC11でした。その選択理由はコンパクトな中にギュッと機能が詰まったタンク型、方向転換しなくても両方向に運転できる便利さからです。転車台とかコストもかかるし大変ですもんね。

ちなみに当時から9600も好きだったのですが、やや縮尺の大きいエンドウ製のものしか選択肢が無く、後に発売されたTOMIXもディティールが今一つ。いまなら良く出来たKATOのものを買っていたのでしょうね!

そんなわけで満を持して登場した9600となります。

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▲四苦八苦しながらテンダーも連結してみました!

恐らく筆者が最も好きなSLはと問われれば、この9600と答えると思います。国産初期のSLでありながら、実は筆者の子供のころ1970年代には九州や北海道で、まだわずかに働いている個体もあり、結果的に最後まで生き残ったSLの一つなのです。
太いボイラーに短足な(小さな)動輪が4つ、コンパクトな中にギュッと寸詰まった機能美を感じます。
華麗に優等列車を牽引するでもなく、煤けた鉱山の町や厳しい北海道のローカル線や専用線で地道に働く姿、残念ながら雑誌でしか見ておりませんでしたが、まさに筆者の好み満載なのです。

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▲九州の筑豊地方で活躍していたいくつかのタイプがモデルとなっています。後藤寺所属にしようかなと。

さてさて、そんな機関車も真鍮製となるとなかなか手が届きません。今回は何とかあちこち探し回り1998年製のデッドストックを、18年の時を経て何とか入手しました。デフ付きとデフ無しが選べましたが、やはり最初の一台となれば、蒸気機関車の美しさを楽しめるデフ無しと思いました。

牽引する貨車としてはセム、セムフなどがあるのでしょうけれど、ムサシノモデル製の高価な貨車となりますので、今回はぐっと我慢し手持ちの二軸貨車や旧型客車をけん引したいと思います。ナンバープレートなど取りつけましたら、また改めて撮影しなおします!

天賞堂の8630五能線時代


▲天賞堂の国鉄8620形、8630の五能線時代です。(箱から出した状態で部品未取付です。)

筆者の偏った蒸気機関車趣味ですが、大正時代の代表的機関車「ハチロク」が入線しました。
前回、タキ29300のときに「今年ラスト」と宣言していたのですが・・・

天賞堂の「ハチロク」は8630の特定番号で模型化されており、デフのないシンプルな姿が魅力の水戸時代、晩年弘前に移り重装備となった五能線時代、そして梅小路保存機となった今の3タイプが模型化されています。

「キューロク」は、蒸気機関車のシンプルで美しい姿を楽しむためにデフ無しを選択していたのですが、「ハチロク」は一転して寒冷地の重装備状態である「五能線時代」を選びました。

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▲機関士側の窓は旋回窓に改造されています。

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▲一方、機関助手席側は大正機を思わせる優雅なオリジナルの窓のまま。

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▲いかついスノープラウがいかにもといった感じ。回転式火の粉止めが晩年感漂います。

当時「ハチロク」が集結していた五能線の写真を見ますと、多くはシールドビーム化されており、ヘッドライトが最後まで原型だったのは、この8630ぐらいだったのではないでしょうか。
8630は「ハチロク」の中でも初期製造のものだったので、将来の保存を意識してのことだったのか、この辺りは詳しい方に聞きたいところ。

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▲バックから。キャブ屋根は延長されている。

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▲テンダーのアップ。テンダーのヘッドライトはシールドビーム化されている。

雪国の北東北に多かったであろう、キャブ屋根の延長。テンダーはオリジナルからは交換されているらしいですが、筆者SLは素人で、まだそれを見分ける域には達していません。

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▲8630の五能線時代の特徴である門鉄デフ。

平機関区時代にはデフ無しであり、五能線管理所でも当初はそのままだったことがネット上の写真で確認できています。この門鉄デフは、元々豊後森機関区より五能線管理所に移籍した78627が装備していたものであり、同機に廃車体から譲り受けた標準デフを装備したときに、余った?門鉄デフ譲り受けたということです。

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▲キャブ周り。ナンバープレート等貼っていませんのでちょっと寂しいですが。

「ハチロク」のキャブ周りも、窓の形状含めいろいろなタイプがあるようです。まだまだ勉強不足ですなぁ。
ただ、一つ云えるのは初期製造の「ハチロク」に見られる、キャブ裾のラインがS字が無いところでしょうか。これはおそらくキャブの裾あげをした時に改造されたか、キャブそのものを載せ替えたのではないかと、素人的には思います。
また、真横から見ると屋根がテンダーのうえまで延長されているのが良く分かりますね。

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▲公式側

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▲非公式側

8620というと国産初期の代表的旅客機で、同時期の9600と比べるとスマートでスタイリッシュな雰囲気が魅力かと思います。本来であれば、こういう機関車ほど初期のシンプルな姿が美しいと思うのですが・・・

筆者、このところ北東北、特に弘前の街や岩木山周辺から日本海側の五能線沿線に思い入れがあり、この天賞堂製品はずーっと長いことターゲットになってました。
何度か購入する機会もあったのですが、実物のスーパーカブが買えてしまう値段におののき躊躇しているうちに市場の在庫がみるみる減り・・・ついに天賞堂本店からも在庫が無くなる状況に。結局通販部から出してもらって事なきを得ましたが、今回は自分の予定としては前倒しで入線することになりました。

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▲スノープラウ、門鉄デフ、キャブ屋根延長・・・
もはや8620の原型からはほど遠いですが、それでもカッコいいです。

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この年末年始のお休みを活かして部品を取り付け、九州の9600とのあり得ない並びを実現したい(笑)と思っています!

天賞堂9600(九州タイプデフ無し)49654を整備する

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▲巷では天プラ9600の再生産で盛り上がっているところですが、1990年代ブラスの9600です。

★この記事でご紹介した49654は、次号のレポートで69632に貼り替えました。詳しくは次号で!★

この冬休み中にハチロクとともに整備し並べる!と豪語しておりましたが、キューロクで三賀日が終わりましたので中間報告です。

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▲こーんな製造銘板(大正9年川崎造船)やら、吹けば飛ぶようなノミサイズの換算表記など。

それでも一つずつ丁寧に切断面をやすりがけしてバリを取り、少量のゴム系接着剤で取り付けました。

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▲気になるナンバーは、後藤寺の49654としました。

ナンバープレートは4枚付属しています。
 29688 大正8年 川崎造船 後藤寺
 49654 大正9年 川崎造船 後藤寺
 69632 大正11年 川崎造船 直方
 69642 大正11年 川崎造船 行橋

検索していると結構ネット上で写真が出てきますね。
筆者は何となく出てきた写真で雰囲気の良かった49654にしてみました。
特別な思い入れがあるわけではありませんが、会社の先輩でSL時代の後藤寺駅員が出発点だった方のお話を聞いたりしたものですから、何となく後藤寺が良いなと思っていたのかもしれません。

全国各地で活躍したキューロクは一つとして同じものがないぐらいですから、天賞堂さんの解説にもあります通りあくまでタイプなので、実際の49654号機の写真と比べるとキャブ下の点検孔の開き方など差異が見られます。
ま、タイプってことでそこはおおらかに。
一応、各プレートの位置関係は実車に合わせておきました。

それでは、ギャラリータイム!ぐるりと一回りしてみましょう。
まずは公式側から。

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石炭の積み込みは迷っているところです。
付属の石炭を、皆さんは直接テンダーに積み込んだりしないですよね?
土台みたいなものを作って、嵌め込むような構造にしたいと思っています。

続いて非公式側に。

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ぐるりと一周してきました。
続いて正面周りを。

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キットを組み立てる人から見ると、完成品にプレート類を付けただけじゃんか!って思うかもしれませんが、老眼の目をゴシゴシしながら、老眼鏡と虫眼鏡のダブルで位置を確認しながらってのは至難の技でしたorz
ま、自己満足なんで(笑)

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▲ナンバープレートを取り付けるというのは、仏像に目が入るのと同じで、急に活き活きとするものですね。

でも蒸気機関車って良いなぁ。
ここにきて目覚めてしまった。

天賞堂9600(九州タイプデフ無し)49654・・・からの69632


▲9600形 69632 直方 大正11年川崎造船製造

49654(後藤寺)で盛り上がっていたところですが・・・諸事情により69632(直方)に変更しました。
昨今はネット情報が充実しておりまして、色々写真をみているうちに「見ちゃったんです!」
晩年の姿についての、知らなくて良い情報を。

29688 大正8年 川崎造船 後藤寺 ネット上に明確な情報が一切ない。
49654 大正9年 川崎造船 後藤寺 デフ無しだが「パイプ煙突」、テンダーナンバープレートは形式入り
69632 大正11年 川崎造船 直方 デフ無しであり、形状は近い
69642 大正11年 川崎造船 行橋 門鉄デフ装着

最初は苦労して取り付けたんだし、どうせディティールは違うところがいっぱいあるんだから良いか!と自分を誤魔化しかけましたが、せっかく美しい化粧煙突を持つこの模型に、わざわざ残念なパイプ煙突のナンバーを割り当てなくても良かろうと。
1日考えた末、49654を剥がし、番号を69632に変更することにしました。
ゴム系接着剤の良いところで、2日経っていますがピンセットで綺麗に剥がすことができました。

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▲天賞堂の9600、とても良い佇まいです。デフ無しにしておいて良かったー!

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▲リヤビュー。

剥がす作業はちょっとドキドキしながらでしたが、うまく出来ました。剥がした49654のプレート類一式は大切に保管しました。まぁ、パイプ煙突の機体を購入することはありませんけれどネ・・・
貼り付け作業は2回目だし、慣れたものでサクサクと進みました。

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▲公式側サイドビュー

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▲キャブ付近

ナンバープレートの貼り付け位置や、メーカーズプレート、重量プレート、テンダー以外の「架線注意」のプレートなど、全て貼り付け位置が異なっていましたので、剥がして付け直しでした(T ^ T)

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▲機関士側正面窓上にも「架線注意」が!(このプレート、ややオーバスケールですが)

ところで、この模型は公式側の点検孔が1箇所ですが、49654も69632も2個でした。
この時代の天賞堂は特定番号機でなければこんなもの(汎用的なタイプ)です。そもそも九州タイプの晩年は、ランボードに白線が入っていましたしね。筆者はもちろん白線無しのほうが好きです。
(その点、天プラ最新版の9600は正確に再現されていると思います!)

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▲テンダーは大きな変更はなく、ナンバーを貼り替えただけ。

続いて非公式側。

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▲非公式側キャブ付近

一応、実車の写真を検索して、それらしい配置に貼り付けました。
ネットで写真を公開している方々には感謝ですなぁ。

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▲非公式側サイドビュー

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これでぐるりと一周してきました(^ ^)
今回選択した69632、機関車としては2年ほど若返りました。
9600の製造番号は複雑で、100台目が9699、101台目が19600になり、つまり69600が601台目になります。

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▲ってことは633台目ってことですね。

81台ごとに繰り上がる8620形よりはましか・・・

この機体、1922年生まれで各地を転々としながら直方機関区には1954年に配属され、1973年に51年の生涯を閉じるまで直方を寝床に筑豊本線中心に北九州の各支線で働きました。
国産初期の機関車が1970年台まで働いていたとは驚異的です。8620とともに大正時代の名機と言われる所以ですね。当時の基本設計が良かったという証です。
そして、実際に訪問できる年齢ではありませんでしたが、ギリギリ60年台生まれの筆者にも時代が被っていたと考えると、より親近感を感じます。

今回、一度貼ったナンバープレートを貼り替えるという騒動でしたが、気持ちがスッキリしました。
見るたびに、本当はパイプ煙突なんだがなぁと思いたくないですものね。

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以上、同じような写真で大変失礼いたしましたが、メデタシメデタシということで!
プロフィール

ウラタニハ

Author:ウラタニハ
はにたらうの”ウラニハ”へようこそ!1970年代~80年代に活躍した鉄道が忘れられず模型の世界にどっぷりとハマっています。たまに実物も。更新頻度は高くないかもしれませんが、とりあえず出発進行!

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