田端近況

西武鉄道は作業が止まったまま、少し時間がかかりそうなのでいろんな話題を挟みたいと思います。

ご近所の田端に行ってきましたので、バイク中心のオモテでは出せないような写真をこちらで紹介しましょう。まずは、こちらから。

sRIMG10564.jpg
▲EF510-510カシオペア色(JR東日本所属)

EF510は最初に0番台がレッドサンダーとして北陸線にデビュー。JR貨物の機関車の中では面構えも精悍で、素直にカッコいいなと思った機関車でしたが、このシルバーの塗装も似合ってますね!個人的には北斗星用のブルーよりも好きです。

sRIMG10579.jpg
▲もちろん、青も悪くはないですが、客車が青なら機関車は色を変えたほうがアクセントになって良いと思うのですが。

16番模型的には天賞堂、エンドウ、ムサシノモデル、TOMIX、そしてKATOまでもが模型化するという前代未聞の事態ですね。ブランド信仰の方は銀座天賞堂、ディティールの完璧な模型を求めるならムサシノモデル、金属の重量感を手軽(最近値段がアップして手軽とは言い難いですが)に楽しみたいならエンドウ、プラスチックでも高品質なTOMIXか、はたまた格安な設定で市場に殴り込みをかけるKATOか・・・でも昭和時代中心のウラニハ機関区にいきなりコヤツが入ってきたら浮いてしまうな~

sRIMG10573.jpg
▲国鉄色DE10もいよいよ数が少なくなってきましたね。何しろハイブリッドの時代ですからね。

DE10、我が機関区には未だ入線しておりません。ウチの主役の内燃機関車はDD13だもんで・・・でもSG付きのDE10なら運用的にあると便利ですね。入換にも貨物列車にも、ローカルの客車編成にも似合いますし。

sRIMG10578.jpg
▲EF6437。国鉄時代、この機関車はブルーで登場しておりますから、この茶色はJRカラーと言えましょう。

でもこの機関車に茶色は似合いますね。目の保養になります。高崎の機関車が何故こんなところに!?ふと後ろを振り返ると、木立の中に埋もれるかのように・・・

sRIMG10582.jpg
▲レインボー塗装のEF81。

EF8195です。EF81と大きく書かれた側面が特徴ですね。当時はレインボーというイベント客車の牽引のため塗装をこのように変えていましたが、客車が無くなった今もこのスタイルです。しかし次々に新しい機関車が入ると活躍の場所がだんだんと無くなってきてしまいますね。

そんなわけで、結構収穫の多い田端運転所付近の留置線からでした。今後は時々レポートしたいと思います。

田端近況2012/6/2

sRIMG10686.jpg
▲田端にたたずむEF81の運命やいかに?EF8180と奥に見ゆるはEF8197。手前はDE101594。前回お届けしたDE101663とは違うということは何台か受け持ちが居るのですね。

模型ネタが進まないことにかこつけて、田端ぶらり定点観測です。近所ですので、全国(ってそんなに見ていただいてはいないか・・・?)の視聴者の皆様にお届けするのも役割なのかな~と。

s2RIMG10694.jpg
▲国鉄時代の電機機関車も、特に正面に貫通路の無いEF81のスタイルは精悍ですね!赤い車体に一筋の流れ星のデザインも秀逸です。ブルートレインにお似合いでしたよ。

sRIMG10690.jpg
▲さて、その奥には何とレインボー機のEF651118ですね!前回お届けしたEF8195は尾久寄りにいましたが、2台の並びを観たいところですね!客車列車が極端に少なくなった今、工臨ぐらいしか役割が無いのでしょうか。

sRIMG10688.jpg
▲その横にはPF機が。EF651104です。原色塗装はやはり似合っていますね。原色は合計3台ほど確認しました。

sRIMG106882.jpg
▲拡大してみました!ここまで律儀に「JR」と書かなくても良いような気がしますが・・・

さて、手前のEF510も気になるところです。前回はカシオペア塗装機が居たところですね。

sRIMG10687.jpg
▲EF510511、北斗星塗装機です。こちらも単体で見るとかっこいいですね。

sRIMG10692.jpg

▲通風用のグリルのあるサイドから。JRの機関車としてはEH500の量産型に続き好きなデザインですよ。

sRIMG10696.jpg
▲こんなのも居ます。EH2002です。JR直流機のデザインや色に関しては色々とご意見があるかと思いますのでコメントは差し控えましょう。

このほかにEF641000番台やEH500も居りましたが、電柱や昇降台?がかぶったりで旨く撮れませんでした。特にEH500金太郎は好きな機関車ですが、いつも何かがかぶっている状態です。

sRIMG10697.jpg
▲ノーン!!

EH500がカシオペア塗装になって牽引する夢を見る人は多いのではないでしょうか。パワーありすぎ?大昔、西武のE851がブルトレを牽引したら、って多くの人がありえない夢を見ていましたが、最後に12系という形で実現しました。EH500が旅客列車を牽引することも、そう遠くない将来在るかもしれませんね!!

本日はここまでです。また、気が向いたら出向いてみますね。

現役キハ30系を求めて


▲何となく立ち寄った常総線小絹駅にて。

そこはかとなく気動車ブームの筆者、キハ30系を無性に見たくなり、近場の非電化私鉄「関東鉄道常総線」に行ってまいりました。関東鉄道常総線というと常磐線の取手から、つくばエクスプレスの守谷を通り、水海道、筑波山を眺めながら下妻、水戸線および真岡鉄道の分岐点である下館を結ぶ関東には少なくなった非電化私鉄の雄です。

今回は車で行ってしまいましたが・・・水海道の車両基地へGO!

sDSC_0394.jpg
▲早速目に飛び込んでくるのが、もはや稼働していないキハ350系。

国鉄(JR)キハ35を払い下げのうえ、内外装整備した車両で、一時期の関東鉄道の主役を張るぐらいの勢いがあったはずですが・・・すっかり時代は変わってしまったのですね。

sDSC_0414.jpg
▲国鉄で散々酷使された車両ですからね。当時、新関鉄色と云われていた塗色も、今の新型ディーゼルに比べると古めかしく感じます。

sDSC_0393.jpg
▲関東鉄道オリジナルのキハ0系。キハ300系とともに機関などは国鉄車両の再利用だったと思いますが。

sDSC_0399.jpg
▲さすが生え抜き車両は大切にされているという印象です。

それにしても撮影しにくい場所で、車のステップに足をかけて柵の上から顔をだして撮影しますが、電柱や電線、車止め表示などの影が邪魔します。ご容赦ください!

さて、その向こうには・・・

sDSC_0420.jpg
▲ぼろぼろになったキハ301。倉庫として使われているようです。

sDSC_0412.jpg
▲このまま朽ち果てるのを待っているのでしょうか。

sDSC_0397.jpg
▲柵の上からの撮影を試みましたが、コントラストが強すぎて日陰部分が・・・

もう十分働きましたかね。ゆっくりお休みください。
その裏手では初期関東鉄道色になったキハ300系が鎮座しておりました。柵やら物干し紐?やらでもはやまともに撮影できる場所ではありませんでしたが・・・

sDSC_0406.jpg
▲ちょっと奥まったところに入れられてしまってます。

sDSC_0411.jpg
▲塗装を変えるだけで随分雰囲気が違いますね。この方(右側)が良かったのに・・・って思いませんか?

今のデザインって一体誰が考えているのだろうか。もう少しカッコよくできないものか。(って主観的なことを云われても困りますか)

さて、これもまた撮影しにくい遠くのほうに、現役のキハ30系ことキハ101が!!

sDSC_0404.jpg
▲タラコ、マイブームなんです。

筆者が小学生の頃、例外的に近所の奈良機関区にはツートンカラーが沢山いましたが、中学生の時に関東に引っ越して参りますと、川越線、八高線と首都圏色(タラコ)の本場だけあって、こちらのほうが見慣れてしまったものです。ところでこのタラコ、シールドビームが非関東タイプですね。

sDSC_0425.jpg
▲こちらは何かの映画で京浜東北線をイメージして青22号に塗られたキハ350系。

sDSC_0428.jpg
▲青い車体が青空に映えます。

筆者は基本的にはオリジナル塗装を好みますが、この塗装も悪くないです。ただし、もう稼働することは無さそうな雰囲気ですね。残念・・・

さて、奥の踏切のほうに良い塩梅の車両が見えますので行ってみましょう。

sDSC_0436.jpg
▲踏切が鳴り「今時の」新型気動車が勢いよく通過!筑波山がクッキリと。

その横には・・・

sDSC_0430.jpg
▲キハ350系、国鉄風ツートンカラー。やっぱこの色は良いですねぇ(*^_^*)

sDSC_0447.jpg
▲まだ綺麗ですから活躍してもらいたいものですが・・・どうやら窓枠のところに「使用休止車」と張り紙が。

キハ353の運命や如何に!?

なお、関東鉄道のオフィシャルサイトを覗いてみましたら、キハ350は現在は留置している、とありますね。営業運転には入っていないのですね。また、キハ101、102の運行情報や水海道車両基地での気動車の運転体験(有料)の案内がありました。これは是非行ってみなければ・・・

そんなわけで身近な気動車常総線の話題でした。

ご近所鉄道事情 2013年春 (その1)

年度末ですが勤め先の代休および年休消化で御休みが取れましたので、カメラをもってご近所の鉄道写真を撮ってきました。


▲まずは田端の機関区(今はJR東日本田端運転所)から

この地点、以前と比べると高い柵が設置されてしまい、脚立など持って行かなければまともな写真は撮れなくなってしまいました。車両センターや道路側の安全のことを考えての施策なんでしょうけれど、ファンとしてはちょっと残念ですね。

sDSC_0728.jpg
▲うーん。何の準備もない筆者は柵越しに。停泊している機関車は中々良いのですが・・・

sDSC_0730.jpg
▲国鉄色のPFも少なくなってしまいましたね。

ああ、何だか鉄道写真としては最悪ですので次に来るときはちゃんとした準備を。さて、次に向かった先は・・・

sDSC_0736.jpg
▲その筋の方には有名な十条倉庫です。

ここは昔から桜の名所なんですよね!狭い道が抜け道として使われており車が頻繁に来るのが残念ですが・・・早速様子を見てみましょう。

sDSC_0751.jpg
▲スイッチャーと桜、これぞ正しい十条倉庫の姿。

JRの機関車は立ち去った直後でした(´・ω・`)

気を取り直して・・・

sDSC_0755.jpg
▲入線している貨物列車(コキ車)の側面を少し入れてみました。

今日のレンズは24-120mmmしか持ってきませんでしたが、ここから撮影するには80-200mmのほうが良かったかな。

奥のほうに居るスイッチャーも見に行きましょうか。

sDSC_0757.jpg
▲今はもう使われていないようです。

うん、(・∀・)イイ!! この日通色がたまりませんなー。

sDSC_0767.jpg
▲しかも左側、協三工業の3軸ロッド式機関車じゃありませんか。美しい・・・

sDSC_0765.jpg
▲その他の2台は日車製のB型。これだって捨てたもんじゃありません。

が、やっぱり日通色のほうが絵になりますね。働く内燃機関車って感じで。

sRIMG14645.jpg
▲桜とともに。

桜が青空に映えて美しいです。車両の写真としては枝の影が少々うざったいですが、季節ものですからね・・・

さて、そろそろ15時半。あちらの会場に移りましょうか。

長くなりそうなので次回に続きます。

ご近所鉄道事情 2013年春 (その2)

春のお休みにカメラ持ってご近所ぶらぶらしてます。(十条倉庫の続き)

15時半、十条といえば安中貨物が近づいてくる予感。東十条の線路端に向かいました。

sRIMG14646.jpg
▲到着するやいなやこんな電車が。旧踊り子色ですね。

まだ準備できてない(てか、場所も定めていない)のに不意を突かれました。とっさにコンパクトカメラで撮りましたがブレブレ。

ところで、昔の塗装のほうが洗練されていると感じるのは、自分が歳とった証拠??

気を取り直してポジショニングを確認。

sDSC_0778.jpg
▲最近高崎線等に大量に投入されている233系。この車両、231系に比べて椅子もふかふかで、全体的に洗練されていて好きですよ。

ホームの対岸、このあたりが宜しいかな・・・と思っていたら、もう主役が来てしまった。今日は全体的に準備不足ですなー。

sDSC_0781.jpg
▲ダイヤ改正でEH500牽引になりました。(それもまた良いですね!)

sDSC_0782.jpg
▲力強いサウンドを響かせて目の前を通過。

sDSC_0783.jpg
▲ずらずら・・・と亜鉛焼鉱を積んだ赤タキを引き連れて

sDSC_0785.jpg
▲ラストはトキ。

ああ、あっと言う間に行っちゃいましたね。ポジションも定まらず、普段こういう走行中の写真をめったに撮りませんので、出来あがりの写真は最悪でしたが、トリミングでカバーさせていただきました。

せっかくですので、この場所で練習しましょう。幸い待っていれば次々と電車や貨物列車が通過します。

sDSC_0791.jpg
▲EF64-1000、JR貨物塗装ですね。

sDSC_0792.jpg
▲結構なスピードで通過していきます。機関車はやっぱり重量感というか迫力が違いますね!

sDSC_0793.jpg
▲おや!テールランプが灯くのですね。

だんだん、この場所での絵の切り取り方が分かってきました。

sDSC_0795.jpg
▲東北、高崎線もばんばん来ます。間もなく舞台を去る211系との絡み。

sDSC_0797.jpg
▲こんどは下り線。再びEF64-1000です。さっきの安中もこんな感じで撮れれば良かったか!?

ライトを拾ってしまったか、暗めですね。露出はマニュアル設定のほうが良さそうです。

sDSC_0798.jpg
▲一応後追いも。

sDSC_0800.jpg
▲変わった形のタンクコンテナですね。かなり複雑な形状です。

sDSC_0802.jpg
▲練習ショット。この場所、カーブの具合は良いですが、背景が少しごちゃごちゃしてますね。

次回はもう少し場所を考えましょう。と思っていたら次が来ました…(´ω`)

sDSC_0805.jpg
▲PFですね!肝心の「P」の牽引はほとんどないのでしょうけど・・・

てか、EF65-2000番台って一体!?鉄道縄文時代から来た筆者はすっかり時代に取り残されてしまっています。

sDSC_0807.jpg
▲一応こちらも最後尾を撮影しておきました。

さて、もう夕方、帰ろうかなと思っていたら何だか安心の国鉄色が。

sDSC_0810.jpg
▲EF65-1000国鉄色。コキ車は連結しておりませんでした。

sDSC_0811.jpg
▲最後に馴染みのあるやつに会えてよかったよ~

というわけで長々と失礼いたしました。東十条、次々と列車がやってきて飽きませんね!次回はもう少し良い場所を探してじっくりと写真を撮りたいと思います!

さて、本日最後は・・・

長くなりましたので、また次回に続きますm(__)m

ご近所鉄道事情 2013年春 (その3)

春のお休みに尾久車両センター→十条倉庫→東十条、と御近所を回って本日最後です。

sDSC_0823.jpg
▲江戸の桜といへば、王子飛鳥山公園でしょう。

都電も新型が増えて、この7000系もいずれは置き換えられてしまうのでしょう。何しろ車体は更新されているとはいえ、下回りである旧7000系は随分昔の車両ですからね。

sDSC_0825.jpg
▲次々と7000系。

明治通り、本郷通りが分岐する飛鳥山交差点の歩道橋に上がってみましょうか。

sDSC_0837.jpg
▲7000系の原色(広告なし)が来ました。すっきりしていて良いですね!

sDSC_0838.jpg
▲反対方向、音無橋方面。

この区間は都電荒川線でも数少ない「併用区間」です。本来の路面電車っぽい鉄道風景が楽しめますね。

sDSC_0842.jpg
▲都バスとのこんな絡みも。

歩道橋から降りて、交差点で信号待ちする車両の側面を狙ってみましょう。

sDSC_0843.jpg
▲おじいちゃん、おばあちゃん、気を付けてくださいね!

sDSC_0845.jpg
▲おっと新型登場です。オレンジ色ですね。

sDSC_0846.jpg
▲この新型車両はすっきりしたデザインで好感が持てます。

広告電車のデザインってその会社のセンスが問われるように思えますが。文字を沢山書けばよいってもんでも無いと思います。例えば、かつての阪堺電車の「雲」電車のように、道行く人にハッとさせるデザインってものがありますよね。見た人はおのずと、これ何だろう?って自主的に広告主を探すと思うのです。

sRIMG5747.jpg
▲参考までに。2011年夏、阪堺電車あびこ道の車庫にて。(許可を得て撮影)

かつての広告主は立石電機(OMRON)でした。これはその復刻塗装。
こういう発想って、北風と太陽っていうイソップ物語の基本だと思うのですが・・・どうも昨今の広告は情報を押し付けすぎ。

sDSC_0848.jpg
▲話が脱線しましたが・・・7000系広告無し。やっぱシンプルで良いです。

sDSC_0850.jpg
▲レトロタイプの9000系。発想は良いですが、ダブルルーフに見立てたカバーがちょっとやり過ぎですね。

夕日も落ちて随分暗くなりましたので撤収です。せっかく飛鳥山に来ましたので6000系も拝みに。

sDSC_0858.jpg
▲羽深式大型方向幕も勇ましい6080。この車体のまま、最新鋭の機器を搭載して走らせることはできんもんでしょうか・・・

なーんて模型的なことをついつい考えてしまいます。

sDSC_0869.jpg
▲東京の桜は今週末までは見頃のようです。よろしければお出かけください。

(おしまい)

秩父鉄道の東急車両


▲1000系の横にたたずむ東急8090系、秩父鉄道では最新鋭の車両です!(2011年8月11日)

秩父鉄道の電車(デハ)、模型化されていそうで案外模型化されていないのが、元都営の5000系や元東急の7000系、7500系などの車両達です。これらの譲渡車、単に帯の色が変わっているだけなら16番ゲージでも製品化しやすいのでしょうが、実は色々と改造されていて難しいのだそうです。

そういう意味では1000系を模型化したエンドウさんには敬服いたす所存です。趣味的には十分対価に見合う投資と言えるでしょう。(と正当化)

さて、今回は模型化希望の気持ちを込めまして元東急の写真を掲載しましょう。まずは元8090系の秩父鉄道7500系から。

sRIMG6345.jpg
▲すっきりと洗練されたマスク!カッコイイ!7503F、羽生寄りのクハ7703。(熊谷駅)

sRIMG6384.jpg
▲緑の帯もまた似合ってます。2パンタとなった電動中間車デハ7603。(熊谷駅)

東急8090は合理化の極みみたいな電車だったはずなのですが、さらに合理化の進んだ今の電車から比べると、まだ味があるような気がします。ましてや都会派のこの電車が3両編成で野山を走るというのが、意外に絵になるのですよ・・・

sRIMG7644.jpg
▲別の日に7501Fクハ7701。(2011年9月24日、武州日野)

ああ、カツミさん!お手持ちの東急製品で秩父バージョンを出してくれんもんですかいのう・・・

さて、お次は元東急8000系、秩父鉄道7000系です。ウィキペディアによると秩父鉄道には2編成しかないのですね。ある意味貴重です。この車両は長野電鉄のほうが良く見かけます。東急時代は特に田園都市線の車両ってイメージが強いのですが、味も素っ気も感じませんでしたね・・・

sRIMG6449.jpg
▲それが・・・秩父鉄道で見ると意外と良いのです!7001F三峰口側電動車デハ7201。(2011年8月11日、三峰口)

7000系は両端の先頭車が電動車で、中間は付随車なのですね。そんなところがちょっと変わっています。

sRIMG6448.jpg
▲昔東急電鉄のマークがあった場所に、秩父鉄道のマークが描かれたプレートが張り付けられています。

sRIMG6451.jpg
▲こんな運転台も今となってはレトロなのですね。

sRIMG6453.jpg
▲デハ7201のいい加減なサイド写真。もっとまじめに記録しておけばよかったか!?

1000系が衰退する今、今後は都営出身の5000系とともに東急車両が主役を張るのでしょうか。ステンレスばかりというのも微妙ですが、一時代を築いた都会の車両が、こうやって第二の人生を歩んでいるのを見るのは嫌いではありません。次回は私の好きなステンレス車、旧都営6000系こと5000系に注目します!

足尾に


▲足尾駅に保存されているキハ35、色々と参考に。

ゴールデンウィーク、あっと言う間に終わってしまいましたね。ゴールデンウィークの中日にふと一人の時間が取れましたので、バイクツーリング(といってもスーパーカブですが・・・)も兼ねて足尾行ってまいりました。

sDSC_1203.jpg
▲川越線時代の名残、ドア開閉ボタン。

ふむふむ、両開きドアの後位寄りの扉についているのですね。ボタンの向きとか横のプレートとか参考になります。てかエンドウの解説書、また間違えてるし!アテになりませんナ。(それ以前に、あのパーツは自分的には厳しいかも・・・今度ご紹介します)

sDSC_1215.jpg
▲ああ、こちらもインレタがまだだったなぁ。

西武E851に牽引させようと購入したガソリンタンカーも、インレタ未着手。完成品の癖に仕掛りが増えてしまって情けない。そもそもE851も(略

sDSC_1245.jpg
▲間藤駅に移動して・・・わたらせ渓谷鐡道の新型DCです。在来型も良いですが新型の塗装も落ち着いていて好きです。

本当はわたらせ渓谷鐡道に乗って旅客営業収入に貢献したいのですが、またいずれ。バイクで来ると現地で自由に動けるのが良いですね。間藤のその先も初めて行ってみました。

sDSC_1250.jpg
▲良く晴れてさわやかなツーリング日和の日でした。わたらせ渓谷って走っていて気持ち良いですね!こちらはオモテのほうで・・・

sDSC_1268.jpg
▲線路は橋を渡ってこの工場の中に伸びてゆきました・・・

役目を終えた足尾の鉱山跡、なにやら物淋しげな雰囲気でした。

タキ29300


▲足尾駅に保存されている濃硫酸専用タンク車、タキ29300。

先日、足尾駅訪問のおり撮影しておいたタキ29300、小坂駅常備なんですね!それで、ふと思い出したことがありました。もしや・・・と探してみると、何と!!あったのです。

sFH030012.jpg
▲2004年5月、タキ29312、現役時代。懐かしい小坂精練小坂鉄道の鉄道風景です。

そもそもこのタキ29300、非常にマイナーで両数も少ないタンク貨車です。濃硫酸専用としてはタキ5750がメジャーなのですが、タキ29300はその後継として製造された新型タンク車でした。しかしながら濃硫酸の鉄道輸送の需要も減り、それほど多くは製造されなかったのです。

小坂精練での副産物である濃硫酸を運ぶため、小坂-大館間に1日2往復設定されていた貨物列車が、途中の峠をこえるため3重連になることもあり、一時期はその魅力にどっぷりとはまり、この地まで写真を撮りに行っていたのでした。

sFH010019.jpg
▲2004年5月、小坂駅にて許可を得て撮影。先頭の機関車は、同和鉱業片上鉄道からの移籍車であるDD13-556。

形式通り、国鉄DD13の同系列ですが、重連装置はないもののインタークーラースーパーチャージャーを装備しており、正面の吸気口もパワフルな印象ですね。外見上は、正面右側にはドアが設けられておらず、国鉄DD13 111号機で試行された両運転台(キャブ内に2つの運転台を持つ)を装備しているところが特徴です。

sFH020002.jpg
▲峠を越えた後、茂内駅で補機を外して身軽に。2004年5月 茂内

sFH020004.jpg
▲小坂鉄道オリジナルのDD130型。重連総括装置付きですが、スーパーチャージャーは装備していません(訂正します)過給機付きでした。2004年5月

sFH020005.jpg
▲濃硫酸のスタンダードといえばタキ5750。2004年5月

sFH020006.jpg
▲タキ29300の銀色バージョン・・・2004年5月

この時は、まさか小坂鉄道が廃止されるなんて、夢にも思わなかったですね。

sFH020030.jpg
▲95周年で夢の4重連!

濃硫酸タンク車、模型化されるようなメジャーなものではありませんが、どこかで気まぐれにでも出してくれませんもんですかね!?小坂、安中、神岡等々、渋い貨物列車が再現できるのですが!

と夢を語って今回はおひらきです。

田端近況

2013年8月25日田端近況

少し涼しくなってきたのでバイクを走らせご近所の田端に行ってきました。田端には原色のPFが集結していますね。だんだん使用用途が少なくなってきてしまっているのは否めませんが、長く活躍してもらいたいものです。

sIMG_1502.jpg
▲EF651102 国鉄標準塗装が美しいですね。冷房装置以外は割と原型を保っているのではないでしょうか。

柵が新しくなってとても撮影し難くなったのに加えて障害物だらけのところに止まっているので、そういう写真であることはお許しください。ちょっとだけディティールアップ。

sIMG_1506.jpg
▲1位側です。気まぐれなのでこれ以上の写真がありません。あしからず。

続いて・・・レインボー機です。

sIMG_1504.jpg
▲EF651118 客車のレインボーは今は昔となりましたが、牽引機は未だに存命。

後ろのDE10は番号読み取れず。

sIMG_1505.jpg
▲こちらは2位側のディティールアップ。

今回は所用があり、これにて終了です。(実はこの後、板橋のムサシノモデルに・・・)
それにしても「PFをわざわざ撮影する自分」というのも隔世の感ですネ。今後も通りかかったら記録してゆきたいと思います。

三陸鉄道 南リアス線盛駅 2004年5月

mDSCN1030.jpg
▲2004年盛駅。手前は岩手開発鉄道の石灰石輸送用ホッパー車。

岩手開発鉄道を求めて盛駅を訪れたのは2004年のゴールデンウィークのこと。駅構内をまたぐ丁度よい歩道橋がありまして、岩手開発鉄道の始発列車が始まるまで、駅構内の風景を眺めたり撮影したりしてました。

mDSCN1029.jpg
▲36-401 こちらのグリーンの車両は確か横浜博覧会からの流れものではなかったかと。

ウィキペディアによると、36-300,36-400は横浜博での使用後に岩手県が購入し入線したとか。この36-401は2004年6月に廃車とありますので、その直前の姿だったのですね・・・改めて調べてみるまでは、そんなこととはつゆ知らず。

sDSCN1031.jpg
▲36形 盛行きが釜石方面から到着です。

sDSCN1032.jpg
▲JRと三陸鉄道、仲良く並びます。

sDSCN1035.jpg
▲JRも到着、通学時間が始まるころということで多数の学生が降りてきました。

今やBRTというバス輸送システムに代わってしまいましたね・・・

sDSCN1033.jpg
▲悲運の豪華車両、36-400とならんで・・・

三陸鉄道36形、第三セクターという新しいローカル線の在り方を示した鉄道の代表選手でもあります。当時のデザインは未だ色あせず、実用的で良い車両デザインだったということなのだと思います。

残念ながら、この時は東北地方を車で旅していたときでもあり、三陸鉄道には乗車できませんでした。それどころか、筆者未だに三陸鉄道路線には乗ったことが無いのですが、36形には乗ったことがあります。次回はその時の様子を。

宮古 2004年10月


▲2004年10月31日宮古駅、キハ52単行がすばらしい!

会社の旅行会で訪れた三陸海岸、最終日の早朝に旅行会を抜けだし単独行動、岩手県内フリー切符を購入し一日の運行本数が極端に少ない岩泉線(茂市-岩泉)や山田線(茂市-宮古-釜石)を乗り歩きました。

当時の目的は岩泉線とキハ52。早朝宮古を出発し、茂市までJR山田線、茂市-岩泉間の岩泉線を往復。大満足で宮古に帰ってきました。で、市内の市場にある食堂で海鮮丼を頬張り、せっかくフリー切符があるからと山田線を釜石まで行くことにしました。

sImg0372.jpg
▲そこにやってきたのが、三陸鉄道の直通列車。盛行きです。(2004年10月)

宮古駅で待っていると、三陸鉄道の車両がやってくるじゃないですか!北リアス線から南リアス線へJR山田線を直通する設定というのがあるのですね。時刻表も見ずに、如何にテキトウな旅だったかが思い知れますが・・・

sImg0373.jpg
▲車内は良い雰囲気のボックスシート。JRのキハ110系列よりもむしろ良い気がします。

三陸海岸沿いに時々海が見えたりして、JR山田線の車窓というのも良いものでした。

sImg0374.jpg
▲釜石に到着。(2004年10月)

この後、駅から橋を渡って釜石の街を歩き回りました。釜石というと良く鉄道写真で見た「赤さびた鉄の工場の何本もの煙突から煙が上がるなか、広大なヤードの中を貨物列車を牽引するSLが力強く走り行く」ようなシーンが思い浮かび、鉄鋼の街というイメージが強かったのですが、すっかり静かな街になってしまったのだなという印象でした。

sImg0379.jpg
▲列車は二両編成でした。(2004年10月釜石駅)

三陸鉄道36型に乗ったのはこの時が初めてで、それ以降も乗っておりません。何よりも3.11でこの時訪れた宮古も釜石も壊滅状態になてしまうわけですから、未だにそうなっていることが現実的に思えません。岩泉線も山田線の宮古-釜石間もいまやバス輸送になってしまっています。

そういうギャップを埋めるためにも、いずれは訪れたいなと思っております。

上野駅13番線ホーム21時、2013年9月21日


▲家内が友達と夜行で青森に行くというのでお見送りに。旅情あふれる上野駅13番線ホームに向かいましょう。

それにしても電光掲示板にはるか遠い行先が表示されるというのは良いですね。

sIMG_1532.jpg
▲6号車B寝台個室が取れたようです。

北斗星のB寝台個室と比べると寝る方向が進行方向となることと、室内がやや狭くカプセルホテルのような感覚ではあるものの、鍵のしっかりかかる個室というのは落ち着きますよね。

家内の友達は寝台車が初めてとのことで、色々と戸惑っていたようですが、旅は楽しめたかな?

発車時刻が近づきましたので、筆者は牽引機を眺めに先頭に参ります。客車の一番前にはカニ24が発電用エンジンの唸りを上げていました。

sIMG_1538.jpg
▲牽引機は長岡のEF64 1053。

今や国鉄色の機関車がブルートレインを牽引するってこと自体が珍しい風景になってしまいましたね。

sIMG_1544.jpg
▲EF64の1000番台なんて最新鋭の機関車だと思っていたのですが・・・

上越線、羽越線、奥羽本線経由で日本海側を一路青森へ。ゴロンとシートなどJRも工夫して集客につとめているようですが。是非末永く運転してほしいものです。

個人的希望ですが・・・今の客層は安く遠くに行こうとするゴロンとシート派と、多少お金を払ってでもプライベートを確保したい派の両極端だと思います。あけぼの存続のため是非カーペット車、座席車とソロ個室を組み合わせた新しい客車を作ってもらいたいものです。で、云うのはただなので云いますけど、昔急行八甲田に連結されていたMOTOトレインも、連結してくれないかなぁ・・・

sIMG_1549.jpg
▲そろそろ出発。

翌朝、家内から津軽平野のきらきらした稲穂と林檎畑の中をのんびり走っているとのメールが来ました。羨ましいなぁ。

新幹線では絶対に味わえない旅ですね。

模型好きの筆者としては、TOMIXの24系24型、あけぼの編成が気になってしまいますね。
イカンイカン、JRじゃないか・・・

別所線別所駅


▲別所駅には上田交通の丸窓電車5252が保存されています。(2013/10/14)

先週の三連休、信州に旅行中、別所温泉に立ち寄りましたので、初めて別所駅に立ち寄ってみました。(車での旅行なので電車には乗っていません。あしからず・・・)

sDSC_1815.jpg
▲今の主役は元東急ステンレスカー。日比谷線に乗り入れていた1000系です。

都会で活躍していたバリバリの通勤電車も、今や田舎ののんびりとした風景の中で幸せそうに働いています。車体も美しく保たれているのが好印象でした。

sDSC_1817.jpg
▲セイタカアワダチソウ(別名麒麟草)の映える田園風景の中を、上田に向けて発車していきました。

それを見送る丸窓電車、という構図を撮りたかったのですが間に合わず。

sDSC_1810.jpg
▲昭和初期の端正なお顔でございますこと。

こういう電車に揺られて旅したいものです。

荒川車庫


▲道路を渡って荒川車庫に侵入する8501。

ご近所の荒川車庫をぶらりと訪ねましたのでレポートです。特にイベントなどがあったわけでもない、平凡な週末の荒川車庫です。期待せぬよう・・・

sIMG_1876.jpg
▲荒川車庫に併設されている「都電おもいで広場」のPCCカーこと5501。

上野の不忍池の片隅で放置されぼろぼろになっていたことを知っている人なら誰でも「よくぞここまで復元できました!」と思うはず。東京都交通局にとっては時代を先取りしすぎて失敗した車両なのかもしれませんが・・・

この頃の高性能試作車と云えば、このPCCカーの他に旧7000形の異端車7020とか、6000形の最終番号になるはずだった6500形とかありますね。いずれも稼働率が低く、早めに廃車となってしまいました。

おっと都電はムサシノモデルのものをご紹介すると云っておいて忘れてましたね。今度ちゃんとご紹介しますがチラリと。(写真は今度改めて撮り直します)

sRIMG1556.jpg
▲ムサシノモデル東京都電旧7000形7020号車他

さて、思いで広場にはこんな電車も。

sIMG_1868.jpg
▲7500形7504号車 車内が現役時代のままの良い雰囲気を保っています。

荒川線として独立した後に6000形、旧7000形、7500形の3形式が荒川線に残りましたが、筆者としては何故か一番新しい旧7500形が一番好きでした。バスっぽいフォルムが良いのでしょうか。これもどこかに現役時代の写真があるはずなのですが・・・出てきたらスキャンしましょう。

sIMG_1880.jpg
▲正面から。新型も悪くないですね。カラフルで楽しい車庫です。

それにしても新7000系がいよいよ数を減らしてきましたね。今話題の赤帯の7000ってのもありますが、ちょっと馴染めなくて・・・やはり新7000系は黄色車体に青帯が良いです。何事もオリジナルが良いというのが、いつもの筆者の持論です。

で、車庫の裏手には・・・

sIMG_1882.jpg
▲奇跡的に荒川車庫に戻った6000形6086号車。

先ほど現役時代は旧7500形が好きだったと述べたばかりですが、今の好みはむしろ6000形となっています。筆者、のめり込むと関連するありとあらゆる出版物を収集する癖があるのですが、都電資料は一昔前はなかなかお目にかかれませんでしたね。想い出の風景とか、そういう本は沢山あるのですが。

そんな中、大正出版の本や、高松吉太郎氏の出版物には随分お世話になりました。

いまでは6000形については、ネコパブリッシングからRMライブラリ「RML19 東京都電6000形」という大変貴重な資料集が出ており、ファンとしては有難いのひとことです。

さて、長くなってしまいましたので次回に。
次は身近に保存されている6000形を話題にいたしましょう。

ご近所で保存されている都電6000形の世界


▲荒川車庫で保存されている6086形

前回、ぶらりと都電荒川車庫に行き、6000形を見かけたお話でした。で、ご近所には嬉しいことに何台か6000形が保存されておりますので、前回ご紹介したネコパブリッシングのRMライブラリ、江本廣一著「RML19 東京都電6000形」で調べた情報なども織り交ぜながらご紹介したいと思います。

sIMG_1885.jpg
▲荒川車庫の6086号車、大きな羽深式方向幕と側面アルミサッシ、高い位置にある雨樋がスマートな印象です。

6086号車 昭和23年度 日本鉄道自動車工業製造 昭和41年度大栄車両更新修繕

大栄車両というと京成電鉄の車両製造会社というイメージですが、ウィキペディアによると京成電鉄との資本関係は無く、「近隣にあった都電柳島車庫から電車・バスの修繕を請け負ったのが鉄道との関わりの始まり」とのこと。意外な事実ですね。さらには大栄車両自体は京成3500形の更新工事を最後に鉄道車両製造からは撤退したとのことで、鉄道車両製造会社の栄枯盛衰を見る想いです。

さて、この大栄車両が更新した車両は都の芝浦工場で更新したものに比べて「出来ばえはずっと良好であった」(RML19 東京都電6000形)とのこと。こうして生き残っているのもそうしたおかげかもしれませんね。

sIMG_1896.jpg
▲続いて近所の荒川遊園地に保存されている6152号車

筆者などは、6152がイエロー時代、雪が降るとスノープロ-をつけて出動する車両というイメージがありましたが、その後、この緑とクリームの都電オリジナルカラーに復元されて、しばらく営業運転していましたね。そのとき一度でも乗りに行けばよかったのに・・・一度も乗らず、写真も撮らずで大後悔なのでした。

sIMG_1887.jpg
▲塀の隙間に手を入れて撮影・・・

6152号車 昭和24年度 日本車両製造本店製造

比較的後期に製造されたこの車両。昭和24年度からは外板の厚みも増して(1.6mm→2.3mm)しっかりした作りになったようです。外見上の特徴は、オリジナルの小さな方向幕、側面窓はアルミサッシ化されてますね。雨樋の高さは真中です。

sIMG_1891.jpg
▲屋外にさらされている割には綺麗に保たれておりますのでホッとします。

昭和42年度以降は都電の廃止が決まっておりこの車両までは更新工事が行われなかった、それがこのオリジナル方向幕が残った経緯なのでしょうね。少し寂しくもあり、しかし原型が保たれた喜びも感じます。

sDSC_0858_20131208210049b2d.jpg
▲お次は王子、飛鳥山公園に保存されている6080号車

6080号車 昭和23年度 新日国工業製造 昭和38年度交通協力会車両更新修繕

屋根の下という恵まれた環境で保存されている、と思われがちですが、この6080号車、窓ガラスは破られ、色あせ、酷い状態になっていました。だいたいどこでも保存車両の窓ガラスを割る人がいますが、どういう神経なのでしょうね。私には理解できません。

と、愚痴をいいつつ、今は若干色合いが微妙ながらも塗り直され、外見は綺麗な状態です。冒頭でご紹介した6086号車と雨樋の位置が同じようですね。更新車らしく羽深式方向幕がどっしりとおでこに乗っかってます。

細かく見ていきますと、正面窓上の「コードずり」と呼ばれる、恐らくビューゲルのコードが窓に直接すれることを避けるための手すり状のもの)が3枚窓全体の上に取り付けられています。他の保存車には無い形態なので貴重です。いつまでも綺麗な状態を保ってほしいものですね!

さて、お次は・・・

sRIMG4347.jpg
▲筆者お気に入りの神明町車庫跡にある6063号車。こちらは乙2とともに保存されています。

6063号車 昭和23年度 富士産業製造 昭和41年度東京都交通局芝浦工場更新修繕

こちらは冒頭の6086と製造年度も更新修繕年度も同じです。ただし、雨どいの位置は施工メーカーによって異なるようで(雨どいは後の改造で取り付けられたようです)屋根と窓のちょうど中間の位置にありますね。

この車体は交通局芝浦工場で更新修繕が行われておりますが、この工事の特徴として方向幕は更新されておらず、オリジナルの小型原型を保っています。

そんなわけで?最後にご紹介した神明町車庫の6063号車が、筆者が最も気に入っている6000形なのです。

で、ちょっとだけ模型に触れますと、かつてムサシノモデルから都電6000形がシリーズ通して10タイプ以上出ておりましたが、筆者が購入できるようになったころには、市場には4タイプぐらいしか残っていませんでした。

そんな中にあったのですよ。このお気に入りのタイプが!ムサシノモデルで2タイプ(もう一つは羽深式方向幕)あり、ちょっと迷ったのですが、最終的にはオリジナルの小型方向幕をもつこの車両を選んでみました。

sRIMG1461.jpg
▲ちょっとホワイトバランスがおかしく黄色が旨くでていない写真ですが、ムサシノモデル6053号車。

写真は今度ちゃんと撮り直しますね<(_ _)>

6053号車 昭和23年度 富士産業製造 昭和41年度東京都交通局芝浦工場更新修繕

そう、経歴をみても神明町の6063号車とほとんど同じなのです。

sRIMG1458.jpg
▲6053号車のサイドビュー。

ムサシノモデルの都電シリーズ、インテリアは吊革まで表現されいる上、走りも良い。店主に聞いたところ、製造している韓国のメーカー(アジン)の職人さんが居なくなってしまい、もうこのシリーズは難しいとのこと。ああ、そんなこと云わずに、予定している8000形や5000形、出してくださいな!

長くなりましたがひとまず終了です。
いずれ写真を撮り直したら、改めてご紹介します。

都心の鉄道雪景色


▲不要不急の外出を避けるように、とは言われても。

お昼過ぎまでお仕事があり。鞄にはしっかりとGRIVを忍ばせておりましたので、ちょっと寄り道して珍しい都心の鉄道雪風景を撮りながら帰ってきました。

sRIMG15770.jpg
▲まずは山手線。

さすが山手線、ほとんど乱れず、次々に電車が来ておりました。E231系も雪の中ではカッコよく見える!?それにしても風が強くホームまで雪が舞い込んでました。

山手線外回りに乗るも、ちょっと気になって、屋根下でも吹雪いてる大久保駅で途中下車。

sRIMG15773.jpg
▲山手貨物線で、埼京線E233系と東京高速鉄道70-000形の離合。

sRIMG15774.jpg
▲湘南新宿ラインのE231系。

sRIMG15777.jpg
▲西武鉄道新2000系、かな?鮮やかな黄色が雪に映えますね!

sRIMG15779.jpg
▲再び埼京線のE233系。後追い。

E233系、好きです。何と云うか洗練されていますね。209系に始まったステンレスカーの完成形という感じがします。埼京線、横浜線で終わると聞きますが、次はどんな通勤形電車になるのでしょうね。そういえば、南武線や武蔵野線はまたもや205系で置き去りですか。最後まで101系や103系が活躍した伝統?を受け継いでいるのですね。。。

さて、雪まみれになって再び山手線に乗り、今度は大塚で降りることにしました。

やっぱ、アレに乗りたいですからね!!

(つづく)

都心の鉄道雪景色(2)


▲大塚への長い坂をそろりそろりと降りてくる、東京都電新7000形。7003号はオリジナル塗装でした。

お仕事の帰り、大塚駅で途中下車。お次に乗るのは都電荒川線。まずは大塚周辺で撮影。

sRIMG15781.jpg
▲後ろを振り返るとちょうど7016号と離合。

こんな雪でもちゃんと走っているようですね。町屋まで乗りましょう。さすがに比較的空いているようでした。

sRIMG15784.jpg
▲いつも見る景色が、まるで北国のように。

隣に座っていた地元のお爺さんとお話しながら、しばしガタンゴトン揺られ。吊り掛け電車のサウンドも良いものです。

sRIMG15788.jpg
▲お爺さんは飛鳥山公園で降りてゆきました。

sRIMG15790.jpg
▲いよいよ併用軌道区間。

無事に通過してくれ!と祈りながら。

sRIMG15795.jpg
▲飛鳥山公園と音無川の間の急坂を、難なくクリア。

要らぬ心配だったか。

その後、王子で時間調整したものの、荒川車庫、熊の前と順調に進み、あっと言う間に町屋到着。

sRIMG15800.jpg
▲電停であろうと容赦なく吹き付ける雪、反対側には新型8800形が。

実は一度も乗ったことが無い、かも??

sRIMG15801.jpg
▲東京都電8800形、行先表示の上に雪が付着してしまって見えませんネ。

この時点でかなり手がかじかんでます。風は強いし、気温もずっとマイナスでしたしね。もう京成線に乗り換えようと思ったらこんなん来ました!

sRIMG15803.jpg
▲東京都電9000形。(後日修正。何をぼけてるんだが・・・)ああ、これも一度乗ってみたいのですが。

sRIMG15805.jpg
▲一応全体がすっきり見えるホーム反対側にて。

車体のデザインはこのままで、ダブルルーフに見立てた屋根のカバーだけ外せばカッコ良いのになと思います。どうしてもこのカバーが大きすぎて筆者にはアンバランスと感じるのです。欲を云えば、素の屋根はもう少し深く丸みを帯びていると良いのかもしれません。

sRIMG15810.jpg
▲今度は新7000形7002号車。先ほど乗った7003号車の続き番ですね。

こうして見ると新7000形のデザインも悪くなかったなと思います。いよいよ最後の釣り掛け電車。長く頑張ってもらいたいものです。

すっかり冷え切ってしまいましたので、京成電車に乗り換えましょう。

(つづく)

都心の鉄道雪景色(3)


▲町屋駅のホームも真っ白!

会社の帰り、大幅に寄り道して帰宅します。町屋駅で都電から乗り換え、ホームに上がってみると、そこは屋根が体をなさない強い横風で吹き付ける雪の世界。しかもプラットホームの端は屋根すらないので、これはまともな写真は撮れませんね。

とりあえず通過列車が遅れているとのことで、ホームの待合室でじっと待ちます。

sRIMG15816.jpg
▲遅れていたスカイライナー上野行きが通過!

sRIMG15817.jpg
▲下りは京成本線経由、特急成田空港行き。3700形の後期ですね!

そろそろ寒さ限界といったところで普通列車到着のアナウンス。

sRIMG15819.jpg
▲3000型3016F。3000形もお気に入りの電車です。

こうして無事に日暮里に帰ったわけですが・・・

日暮里・舎人ライナーは運休となったようで、並行する都バス乗り場には長蛇の列が。ゆりかもめと並んで新交通システムは雪に弱いですからね・・・

大雪の都心鉄道風景はこれにて完結!

#明日は一眼レフをもって出かける気力があるかどうか!?

2014年3月、信越本線の115系(1)


▲2014/3/30 高崎駅 両毛線633M伊勢崎行き クモハ115-1035
(高崎車両センターT1046編成 高崎← クハ115-1035+モハ114-1046+クモハ115-1036 →伊勢崎

某鉄道研究会の校外学習会?があり横川に行って参りました。先日まで模型でご紹介した115系の現状をレポートいたします。

sIMG_2778.jpg
▲上野駅14番線ホームに集合し、高崎線のグリーン車の車端部「個室」利用です。

圧倒的に乗り心地の良い233系を期待していたのですが・・・231系でした(´・ω・`)ショボン
気を取り直して・・・

sIMG_2781.jpg
▲大幹事O様の大号令のもと、朝っぱらからワンカップでGO!

美味しいおつまみを沢山いただいてしまいました。ゴチソウサマでした。

で、車窓を見ながらアレヤコレヤ、楽しい鉄旅が盛り上がり、あっと言う間に高崎到着。さて、筆者的にはここからが本番です。

高崎と云へば、今や関東では115系湘南色が唯一残っている地域。あんなにメジャーで目障り(とまで言っちゃかわいそうか・・・)だった115系も今や風前の灯火ですね。かつて、この地区に旧型国電の70系が残っていたのと同様に、当時彼らを追った「最新鋭」の115系1000番台が「旧型国電」となって世を追われているのです。何だか時代を感じますね。

横川行きも無事に115系が入線。早速乗りこんでみましょう。
乗った編成は以下の通り。
T1090 高崎← クハ115-1063+モハ114-1090+モハ115-1029+クハ115-1114 →横川

xIMG_2802.jpg
▲モハ115に乗りました。お隣の電車も115系!湘南色同士が並んでいるのも良い雰囲気ですね。

xIMG_2804.jpg
▲この車両は窓が全開できることに気が付きました。1000番台はユニットサッシです。

雨ですし、少し肌寒かったのですぐに閉めましたが・・・ところで、お隣の車両は、ボックスシート改造されてますね。

久しぶりに乗るコイルバネDT21の乗り心地を感じながら4両編成の133M横川行きは高崎駅を発車!一駅進むごとに車内はガラガラに。

sIMG_2819.jpg
▲安中、磯辺を過ぎるころは。こうなると車内の写真を取り放題ですね!(モハ115-1029)

xIMG_2826.jpg
▲座席は国鉄由来のボックスシートのモケットを張り換えただけのもの。

1000番台のボックスシートは、同時代の113系2000番台と同様、以前のものに比べて横幅やシートピッチが改善されていたはずです。云わば国鉄近郊型ボックスシートの完成形ではないでしょうか!?また、その後のアコモデーション改造で色々工夫された車もあるようですが、筆者にとっては、結局はこの形状が一番掛け心地も良くリラックスできるように感じます。

xIMG_2815.jpg
▲1000番台の車端部はロングシートなのですよ、TOMIXさん。

そして貫通扉横の出っ張りは、雪切り室です。

xIMG_2824.jpg
▲1000番台の特徴は、この客室スペースを犠牲にしてまで設けられた雪切り室ですね。

1963年の0番台から1983年の3000番台最終増備まで、20年にもわたって製造された115系。1000番台は1977年から1982年まで製造が続けられた(ウィキペディア情報)らしいです。80年代の、高度成長期よりは少し余裕が出てきて、それまでの香りを残しつつも各部が洗練されてきた、あの時代の雰囲気を残しています。

xIMG_2836.jpg
▲クハ115-1114室内。運転席の後ろから。

さて、いよいよ雨の横川到着。横川駅では115系外見の写真も撮りましたので、次回ご紹介します。

(つづく)

2014年3月、信越本線の115系(2)


▲133Mは雨の横川に到着。早速対向のホームに移り、資料的な写真を。

編成は、前回ご紹介した、高崎車両センターT1090編成です。実は以前高崎駅で出会っていた編成でしたね!

高崎← クハ115-1063+モハ114-1090+モハ115-1029+クハ115-1114 →横川

それでは、1両ずつ見てゆきましょうか!

xIMG_2857.jpg
▲クハ115-1114 1100番台のクハにはトイレが無いのですよ。

xIMG_2861.jpg
▲モハ115-1029 雪切り室が萌え処!?

xIMG_2863.jpg
▲モハ114-1090 パンタグラフ付きの電動車です。

xIMG_2862.jpg
▲クハ115-1063 高崎方のクハは1000番台、トイレ付ですね。

普段記録する機会が少ない屋根上を跨線橋から撮っておきました。

sIMG_2849.jpg
▲クハ115-1114の屋根上。意外とパッチだらけですね・・・

sIMG_2850.jpg
▲高崎方を観察します。

sIMG_2851.jpg
▲モハ114-1090の屋根上配管周りを。

なんて・・・自分で工作するわけでは無いんですけどね(^^ゞ

xIMG_2870.jpg
▲思う存分115系を楽しませてもらいました!

xIMG_2880.jpg
▲ありがとう!また乗りに来ますよ!!

この後、鉄道文化むらで中身の濃い~学習会を。

さてさて、後は、TOMIXさんの16番ゲージ、115系1000番台湘南色の再生産を待つばかりです。

(おしまい)

夢のような出来事


▲夏休みは八甲田山中に籠っていましたが、余りに天気が悪く、車で一時間ほどの小坂の街まで出てみました。

いつものように諦めかけた気持ちで、旧小坂製錬小坂線の小坂駅跡地を訪ねてみると、普段は庫内に収められている機関車が構内に居るではないか!?

sDSC_2627.jpg
▲久しぶりにご対面のDD133。

それだけでも夢のような出来事だったのに・・・小坂鉄道レールパークとして6月に整備されたばかりのこの施設では、何と8000円払うと運転体験ができるとのこと!

ええい、ままよ。たった15分程度ではあるけれども、現役時代は眺めて写真を撮るだけだったDDを自分で運転できるなんて云う夢のようなことならば、8000円なんて安いものだ。それに頑張っている小坂の街に何だか協力したくなるじゃないか。

で・・・

sCIMG2509.jpg
▲まずは電気的なスイッチを入れ。

sCIMG2510.jpg
▲DMF31SBエンジン始動。1位側、2位側と順番に始動します。

まずはレバーでエンジンを選択し、始動スイッチを長めに押すと、ガガガガ・・・ガラガラガラガラ・・・ああ、感動。

sCIMG2514.jpg
▲ブレーキ弁(上が単弁、下が自弁)を差し込み、操作方法などの指導を受けます。

mCIMG2515.jpg
▲DD133、運転しちゃいました。妻もキャブに同上してもらいました。

1ノッチは発車、2ノッチは定速、3ノッチでエンジンの回転数がぐわっと上がり、結構加速します。恐らく、昔貨物列車の発車の際に黒煙が上がっていた瞬間なのではないかと思います。単機なので結構スピードでますよ、楽しんでください!といわれても緊張しますよね・・・

嫁さんを乗せて、筆者の最も好きな機関車であるDD13(タイプ)を運転できるなんて。この世に生まれて良かった!何て大げさな感じですけど。DMF31型国鉄制式エンジン、500PSのうなりを前後のボンネットから聞きながら、合計1000PSのパワーをマスコンハンドルで操るなんて、もう身震いが止まりませんでした。

mCIMG2536.jpg
▲小坂鉄道のDD130は、両運転台なのですよ。

国鉄のDD13は特殊なDD13111号機を除き、中央に横向きに座る運転台が一つだけなのですが、小坂鉄道の3台の機関車と、同和鉱業片上鉄道から移籍したDD13-556も含めて、いずれも両運転台なのです。

mDSC_2664.jpg
▲DD13-556は重連総括制御は付いてません。4重連のときは各車に機関士が乗り込んでましたねー

小坂鉄道レールパーク、庫内も見学できるようになってます。北東北に行かれる機会がありましたら、必見ですよ。

mDSC_2670.jpg

2004年5月 小坂製錬小坂線


▲2004年5月、いまから10年前の小坂駅です。(DD132+DD13-556)

興奮冷めやらぬ小坂製錬小坂線。10年前を振り返ってみます。ちなみにこちらに掲載したものと同じ時の写真です。

sFH010024.jpg
▲三重連の機関車が小坂の町をぐるりと回って急こう配を登りきったところ。苗代沢トンネルのトンネルポータルの上から撮影。

sFH030011.jpg
▲茂内で補機をはずし身軽になった貨物列車。大館まではひとっ走り。(DD132)

sFH030016.jpg
▲大館から戻ってきた貨物列車。茂内の駅は通過し中にタブレットを受け取る。(DD132)

DD132が写っているシーンをいくつか集めてみました。ってことで次回は模型をご紹介します。

九州鉄道記念館


▲9600、北九州の炭鉱が良く似合う機関車ですね。筆者の興味より少し前時代となりますが、SLの中では8620とともに好きな機関車です。

関門海峡から「潮風号」で再び門司港エリアに戻ってまいりまして、あまり時間が無かったのですが、駅前の九州鉄道記念館を訪れました。

門司港の電車区?に沿った一角に屋根付きの実車展示エリアと、一段高いところに屋内展示(こちらは古典客車以外は実車はありません)のスペースがあります。ここでは選りすぐられた実車を中心に。

sIMG_3993.jpg
▲筆者の好きなEF10です。これは車体が四角くなった後期のタイプですね。(EF1035)

窓枠のみがステンレスのように見えますが、この機体の外板はステンレスです。これは関門トンネルで使用するためにステンレスに貼り替えられた後期の3両(35,37,41)のうちの1両なのです。ただし、実際にはこのように茶色に塗装されたので、ほとんど区別がつきませんね。なお、中期の丸ボディにも同様な機体(24号機)があります。

sIMG_4019.jpg
▲キハ0741。初期型が原型に近い形で残っているのはここだけです。(片上鉄道には動態保存もありますが、あちらは随分改造されてしまっています・・・)

sIMG_4035.jpg
▲もちろん車内に乗り込むことができます。土足厳禁ですが。ATSマークが最後まで実用されていたことを物語りますね!

sIMG_4004.jpg
▲床はピカピカに磨きあげられ、シートも清潔に保たれています。

sIMG_4037.jpg
▲流線形の前面も含め、この時代の車両の豊かさみたいなものを感じますね!

キハ07も筆者の好きな車両で、特にヘッドライトが埋め込まれていない0番台がこのように美しい姿で保存されているというのは喜ばしいことです。それにしても、かつてフクシマから出ていた16番キハ07の模型、とても良いお値段でしたので買えませんでしたが、今から思うと無理してでも買っておけばよかった・・・とそんなことばかりです。

sIMG_4026.jpg
▲お次はこれ!581系クハネ581に見えますが・・・

sIMG_4021.jpg
▲国鉄末期の格下げ改造車、715系0番台のクハ715でした。塗装のみ種車時代に復元したのですね。

sIMG_4022.jpg
▲車内はこの通り。近郊型電車として改造されています。高い天井が寝台車時代を物語っていますね。

これはこれで面白い展示方法かもしれませんね。

九州地方は581系から改造された、715系0番台。(交流電車)
東北地方は583系から改造された、715系1000番台。(耐寒型)
北陸地方は583系から改造された、419系。(交直流車)

他の地域は種車が583系と言ってもモハのみで、先頭車や付随車は581系も混ざっているようです・・・(電気車研究会刊、福原俊一著「近郊形交直流交流電車」より)

国鉄末期、新増車を作る予算も取れず、何と特急型寝台電車からこのような近郊型電車への改造が行われました。その当時の記録として貴重な車両です。原型として残すことも大切ですが、時代の流れを示すことも大切なのではないでしょうか。

いずれも東北や北陸への各駅停車の旅では、元特急電車ということで乗り心地も良く大変お世話になった親しみのある車両です。北陸ではつい最近まで走っていましたが、このように保存されることは無かったのではないでしょうか。そういう意味でとても貴重な記録ですね。

この後、パノラマや歴史的な展示も含めた屋内を楽しみましたが、小さいながらも凝縮した展示内容でした。

門司港駅舎は平成30年3月の完成を目指して改修中とのことです。トロッコ列車、記念館とあわせて充実したエリアになりますね!

三ノ輪橋を訪ねて(1)


▲始まりはいつものように京成日暮里駅から。

所用があり三ノ輪橋に。徒歩または自転車で行っても良かったのですが朝からあいにくの雨。こんな時は喜んで!電車に乗ります。

sIMG_4530.jpg
▲普通うすい行きを2駅目の町屋で下車。

新3000形は良い電車ですな~と改めて思いながら町屋駅前で都電に乗り換え。

sIMG_4533.jpg
▲荒川区の中をクネクネと走り三ノ輪橋到着。7002号車でした。

sIMG_4534.jpg
▲黄色に青帯で登場した新7000形も、すっかりこの色が定着してますね。

7500形も無くなった今、7000形が最後のつり掛け式電車ですね。良い音をさせてましたよ。そして・・・

sIMG_4535.jpg
▲側面は林家こん平事務所の宣伝でした!

1・2・3、ちゃらーん!!

(つづく)

三ノ輪橋を訪ねて(2)


▲三ノ輪橋で「こん平師匠の広告カー」を見送った後、次に来たのは運よく黄色の都電!

7022号車は登場時のオリジナルカラーに復刻されています。7000形のカラーとしてすっかり定着した感のあるホワイトにグリーン塗装ですが、こうしてオリジナルを見てしまうと、やはり塗装はオリジナルが良いと思ってしまいます。デザインは下手にいじらないほうが良いのではと筆者は思いますが。

sIMG_4540.jpg
▲王子電軌の終端駅といった雰囲気満点の三ノ輪橋に黄色の7000形が良く似合ふ。

青帯は、当時車掌さんの乗っていた赤帯に対するワンマンカーの印でもあるのです。荒川線が新しい時代に向けて脱皮した、そのころの希望のようなものを感じます。それにオリジナル塗装のほうがシャープに見えるではないか。何故?この塗装ではいけないんだろうか・・・

sIMG_4543.jpg
▲転轍機を渡り、出発ホームに移動。ああ、これでビューゲルが着いていれば・・・

思えば同じ荒川線でも旧7500形ワンマン改造車に注目していたあまり、新7000形は雑魚ぐらいにしか思っておらず、黄色時代の写真もほとんど撮ってませんでした。
いま、こうしてオリジナルの姿を見ると、自分勝手ながらこれはこれで良いと思ってしまいます。7000形もそう遠くない未来には無くなってしまうのでしょうけど、それまでの間、すこしでも長く走ってもらいたいものです。

sIMG_4546.jpg
▲三ノ輪橋電停のバラが見送ります。

地元の電車、都電荒川線、地道に応援していきます!

花小金井で西武の黄色い電車を


▲降り立った花小金井駅で、乗ってきた急行本川越行きをパチリ。西武電車は黄色が良いですね。しかもピカピカで気持ち良いこと。

昨年年末のこと。忘年会の待ち合わせが花小金井駅だったものですから、ついついめったに乗らない西武新宿線をホームで撮影してました。

sIMG_4748.jpg
▲急行は出発!一段下降窓と戸袋窓の端正な側面です。

ホームで電車を撮影、なんて鉄道写真にあるまじき・・・と怒られそうですが、実は筆者、ホームや踏切など身近なところに佇む鉄道車両の絵が好きだったりしますのでご容赦願います。(ま、このブログのほとんどはそんな写真ですが)

sIMG_4750.jpg
▲次にやってきた?各駅停車本川越行き。同じ2000系ながら戸袋窓が無いようですネ。

sIMG_4753.jpg
▲去りゆくところを少し望遠気味に。

新2000系の顔ですが、行先方向幕(最近は幕ではなくLED表示器か!?)の左右はブラックアウトしなくても良い気がします。何だか太い眉毛に見えてしまって。

sIMG_4757.jpg
▲20000系ステンレス車。デザインに工夫を凝らしたのだとは思います。

最新の卵形?とも違い、西武のデザインは迷っていて統一感が無いように感じます。先ほどの2000系でも戸袋窓があったり無かったり。その昔は3ドアだったり4ドアだったり、黄色だったりライオンズカラーだったり。ま、そのバリエーションを楽しめば良いのですかね。

sIMG_4758.jpg
▲西武新宿行きの各駅停車が到着。そういえば、こちらは窓の下に車番が無いですね・・・。

先頭パンタが私鉄ならではという感じでカッコイイです。池袋線だと所沢方にパンタが来ますけれど、新宿線は逆なのですね。新鮮です。ということは付属編成なのですね。

sIMG_4761.jpg
▲その付属編成2両の後には!!

sIMG_4762.jpg
▲おお!オリジナル2000系!(障害物多くてゴメンナサイ)

西武101系が見られなくなり、東武8000系も風前の灯となった今、貴重な高度成長期の車両ですね。何しろ、「グローブ型ベンチレータ」が現役で活躍しているのは希少ではないでしょうか。当時はヘンテコリンな顔だなと思っていたのですが、今の時代に改めて見ると、慣れもあるのかシンプルで虚飾の無いスタイルに見えます。

新2000系もブラックアウトを止めるとこういうお顔になるのでしょうか。

sIMG_4763.jpg
▲特急ニューレッドアローが通過します。

このニューレッドアロー、何とも地味な電車ですね。せっかくの西武電車を代表する車両なんだから、もう少しカッコよくスマートにすればよいのにと思います。せめてカラーリングだけでも。

確か、初代レッドアローを復元した塗装(実際はフィルムを張り付けただけのようですが)があったはず。色を変えるだけでも随分見違えると思います。

さて、待ち合わせの時間までもう少しありますから、余り見れないかなと思っていた黄色い電車が次々に来るので、いくつか撮影して見ましょう。2000系ばかりですけどね。

sIMG_4768.jpg
▲せっかくのフルカラーLEDですが、シャッター速度によっては、このように乱れて写ってしまうところが残念です。

sIMG_4769.jpg
▲こちらは初期に改造された単色のLED。

少しの改造年度の違いで、技術進歩の違いが良くわかりますね~。もちろんフルカラーLED表示はノーベル賞受賞となった青色LEDのおかげです。

で、結局待ち合わせ時刻を過ぎていたことに気が付き、あわてて改札口を出た筆者でした。Sセンパイ、K島さん申し訳ありませんでした!!

真岡鉄道SLキューロク館の保存車両(1)キハ20


▲真岡駅のキハ20 247も綺麗になってお出迎え。

このゴールデンウィーク前半に益子の陶芸市に行く途上、真岡駅に立ち寄りましたので写真をいくつかのせます。筆者、SLキューロク館ができてから立ち寄るのは初めてのこと。9600も好きな機関車ですが、なにぶん、筆者の偏った趣味から気動車をまずご紹介します。

CIMG3729.jpg
▲貴重な気動車が朽ち果てず展示できる状態まで復元されているのは喜ばしいことです。

SLキューロク館と反対側の展示コーナーにはキハ20 213があり、ともに首都圏色+ヘッドライトシールドビーム改造の晩年スタイルで保存されておりましたが、年々朽ち果ててゆき、この先どうなることやらと思っておりましたが、こうして綺麗に塗装されている姿を見ると本当に良かったと思います。

200505_sImg1084.jpg
▲2005年5月に真岡駅を訪れた時の写真。倉庫として使われていたようです。

200803_s066_27A.jpg
▲こちらは2008年3月。時々気になって見に行ってしまうのですよ。

タラコのキハ20という晩年感に妙な愛着があります。オリジナルも良いですが、こうして使い倒された車両というのも、えも言われぬ魅力を感じます。

200803_s072_33A.jpg
▲同じく2008年3月。2005年よりもさらに劣化が進んでいるようでした。

それが・・・こんなに綺麗になるなんて。

CIMG3731.jpg
▲形式番号は消されていたものを復元したようです。細かい字体などには目をつむるとして。

CIMG3732.jpg
▲国鉄真岡線での活躍が記録されています。

=====後日追記=====
なお、この説明板ですが、車歴研究家のKセンパイよりキハ20 247号車固有の説明では無いとのご指摘がありましたので付記いたします。(キハ20 247が真岡に配置されたのは1980年3月31日とのこと)
=====追記ここまで=====

筆者は国鉄時代の真岡線など見たことも乗ったこともありませんが、ローカル線の写真集やwebでの写真では御馴染でした。真岡線と云えばキハ20系のイメージです。筆者の大好きな国鉄非電化ローカル線の写真を掲載しているwebサイトをご紹介します。(リンクフリーとのことで)

昔訪ねた気動車ローカル線」へのリンク

このキハ20 247、車内もある程度綺麗になっており、乗り込むことができますので早速内装を見てみましょう。

CIMG3734.jpg
▲おお!キハ20の特等席も健在。ボックスシートの最前列は2人がけでしたね!

CIMG3733.jpg
▲左右の煙突が目立つインテリア。やはり国鉄といえば、このボックスシートです。床のエンジン点検蓋にも注目。

CIMG3751.jpg
▲国鉄制式エンジンであるDMH17C、このバージョンまでシリンダーを縦置きにしてました。

このDMH17系、元をただせば戦前の基本設計に遡る、直列8気筒、17000cc、180PSのディーゼルエンジンです。戦後、国鉄制式エンジンとして、次世代の大出力エンジンが開発されるまでは、気動車はほぼ全てこの系列のエンジンに統一されていましたので、相当数量産されたはずです。

展示されているDMH17Cの後、キハ80系からはシリンダー横置き(地面に対して水平)のDMH17Hとなります。そのメリットは床の高さを抑えることができる、また振動や室内へのディーゼルの異臭を抑えることができることが通説となっております。キハ58系、キハ35・45系などはすべて横置きですね。

ここ真岡駅のキハ20系は縦置き機関を搭載している貴重な展示だと思います。上のキハ20の客室床に、このエンジンの直上に点検用の蓋がある、そんなところも注目すべきポイントなのですよ。

CIMG3750.jpg

久しぶりに綺麗になったキハ20に出会えて嬉しかったです。願わくば、この姿を維持していただきたいものですね。

真岡鉄道SLキューロク館の保存車両(2)スハフ44 25


▲SLキューロク館の屋内に保存されているスハフ4425の車内です。(2015/4/29)

ちょっと放置気味でしたね。何だか怪しげな広告が表示されて、こりゃいかんということで更新いたします。SLキューロク館を訪れてからずいぶん時間が経ってしまいましたが、懲りずに続きでございます。

スハフ44と云いますと、スハ43系急行用客車の北海道版、その緩急車ですから、スハフ42の北海道版と云ったところでしょうか。窓は厳しい寒さに対応して二重窓、シートピッチは広く、椅子も標準的なボックスシート、室内も近代的ですね。

CIMG3738.jpg
▲窓のところにあるテーブルや灰皿も急行列車って感じです。足元の出っ張りは・・・

昔は見慣れたものでしたが、今の人は分かるかな?灰皿の下、足元にある邪魔な出っ張りは暖房装置で、スチームや電気暖房によって暖められ、冬はこの上に足をおくと熱いくらいでしたネ。この車の暖房装置は機関車で温められたスチームが通る蒸気暖房式です。北海道地区は遅くまでSLが走っていましたし、DD51はもとよりED76 500も蒸気暖房装置対応でした。

次に外見。今は屋内ですが、解体されることになった青函連絡船「羊蹄丸」から引き上げられ、真岡鐡道に引き取られた直後は、建設中のキューロク館の外にありましたので、そのころの写真でご紹介します。

201211_sRIMG13145.jpg
▲スハフ44 25 (2012年11月) 後ろのキューロク館の骨格が面白いですね!

床下、台車(TR47)が見えるように少し露出を明るめに、さらにズームアップしてみましょう。

201211_sRIMG13160.jpg
▲見た目はスハフ42の近代化改造(側窓アルミサッシ化、ドア窓Hゴム)と同等でしょうか。端正な姿です。

長年羊蹄丸の中で大切に保存されてきただけあって、とても綺麗な内外装です。キューロク館も屋内保管ですので、貴重なこの客車が綺麗な状態保存されることが期待できますね。有難いことです。

201211_sRIMG13146.jpg
▲そう云う意味でとても貴重な屋外の写真。わざわざ立ち寄って良かったー。

ついでに・・・その向こうに見えるDE10は、関西フレートサービス(KFS)から譲渡された部品取り用のDE10 1014。

201211_sRIMG131462.jpg
▲DE10 1014 KFS。随分色褪せて草臥れてしまってましたが。(2012年11月)

この機関車、四国のアイランドエキスプレス牽引機として華々しく活躍したのち、大阪貨物ターミナルで働いていましたが、巡り巡ってこちらに。元々このような青色に黄色帯だったのですが、今はこんな風になってます。

CIMG3730.jpg
▲色は違えど綺麗にしてもらって良かったね・・・(2015/4/29)

最後まで幸せなDEだったのではないでしょうか。
(つづく)

485系かもしか号 at 青森(2010/3/22)


▲おもむろに485系。2010年3月の青森に。3000番台(回送)と1000番台のかもしか。

東北新幹線がまだ八戸までしか到達していなかった2010年3月。北東北フリー切符を使用して、初日は函館に、そして2日目は青森は浅虫温泉に宿泊し旅をしていたのでした。春まだ浅き青森は、吹雪時々晴れ、と安定しない天気でしたが、海の幸とお酒、温泉を十分に楽しみました。

RIMG0333.jpg
▲特急の到着に、青森駅も少し賑わい。

で、帰りがけだったか、立ち寄った青森駅で駅蕎麦などをすすっていたら、到着したのがこの特急かもしか号。クロハ、モハ、クモハという何とも効率的で模型的な3両編成に機能美を感じて、手持ちのGRIIでスナップ写真を撮ったのでした。

RIMG0342.jpg
▲クロハ481。国鉄色オリジナルの塗り分けを若干意識した塗装も好感が持てます。

この3両編成に使われているのは、室内をリニューアルした485系1000番台。外見上はわりとオリジナルを保っているように見えます。

RIMG0348.jpg
▲普通車の室内。クモハ485、だったかな!?生憎、記録が無く・・・

室内も嫌みのない程度に改装されていて、良い雰囲気です。青森-秋田の都市間ビジネス列車に必要十分な装備だと思います。

RIMG0336.jpg
▲お隣には701系。うーん、ちょっと、さすがにこれは味気ないですなぁ・・・

701系に乗って楽しい旅ができるなんて、微塵も想像できない。が、民間会社として鉄道を経営するには賢明な判断なのでしょうか。
逆に、こうして並べてみると国鉄時代が如何に豊かだったかを感じさせます。そう、社会全体が効率化をつきつめることで、確実に豊かさは退化していますね。筆者が学生の頃、急行八甲田で最初に降り立った青森駅からの普通列車は、12系か50系の客車編成でしたから。

ま、愚痴を云ってもしょうがない。

RIMG0353.jpg
▲一応編成全体を。

うーん。もうちょっと真面目に撮っておけばよかったですね。反省します。(反省は活かされるのか!?)
奥羽本線や羽越本線系の車両だけあって、屋根上の碍子が緑色に塗られているのが分かります。かっこええー!
もっとまじめに撮っ・・・(略

RIMG0352.jpg
▲青森駅らしい風景を。(車両のほうは見事に影がかかってますが(^^ゞ)

2010年12月には特急つがるに統合されて、「かもしか」は消滅したと聞きます。今日、あれだけ隆盛を極めた485系も残り僅かと聞きます。その末期の活躍シーンの一つ。この時何となく写真を撮っておいて良かったなと思う次第。
プロフィール

ウラタニハ

Author:ウラタニハ
はにたらうの”ウラニハ”へようこそ!1970年代~80年代に活躍した鉄道が忘れられず模型の世界にどっぷりとハマっています。たまに実物も。更新頻度は高くないかもしれませんが、とりあえず出発進行!

カテゴリ
カウンター
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR