準備中です3


▲2023/8/18 改装のための休館前の青梅鉄道公園にて、D51452。

終わったー!!
今の気持ちはこの青梅鉄道公園の澄み渡る青空のようであります。
無事にお客様にご迷惑をかけずに年度を乗り切ったー。

まだまだ新年度のお仕事が押し寄せてくるわけですが、年相応にこなしつつ。
もう少し余裕が出ましたら再開しますm(_ _)m

それにしても、昨今D51っていいなと思うようになってしまった。
ミーハーな気がして避けていた時期もあるのですが、歳をとって一巡したというか。
戦前から戦中へ、そして戦後の改造など、様々な形態があることが興味を惹きます。

古典機もよし、大正機もよし、D51やC55も良しって・・・
だんだんと、結局全部じゃん!?となりそうなので、そこいらは節度をもって(笑)
ま、何というか、王道は王道なりの理由があるのですね。

ではでは〜

準備中デス2



湘南フェイス繋がりで、未整備車を。
本当は整備してからご紹介したいのですよ。

でも、関西急電の80系は曲者でして・・・
一般的な80系とは微妙に違うところがいっぱい。
無論、エンドウさんの説明書ですら怪しい。

さらにはネット上に怪しき情報が蔓延、研究のし甲斐があります。
我が鉄道図書館の蔵書やら、それでも足らず古本取り寄せたりして、色々とわかってきました。
そんなことも書き連ねたいのですが、未だ落ち着かず。

ではでは〜

準備中デス



長らく更新できず失礼いたします。
すっかり春めいてまいりましたがいかがお過ごしでしょうか。

こちら、年度末でだんだん首が回らなくなっておりまして、
とは云え、取り敢えず元気に?・・・なんとかやっています。

ブログネタとしては色々とあるのですが、書くためにはそれなりのエネルギーと時間が必要でして、
只今休止中ですm(_ _)m
恐れ入りますが今しばらく・・・

はにたらう 拝

1980年代の都電荒川線、最後のビューゲル時代(1)

FH030002u_202402051324263a7.jpg
▲当時でも珍しかった7500形車体更新前(ワンマン改造車7504号 宮野前)

スキャンした古い写真にあったもので、ついつい。
おそらく高校生か浪人生のころ、都電の冷房化が始まり、ビューゲルも見納めの予感がしたのか。
元来の路面電車好きということもあり、この頃はよく都電の写真を撮りに行っていました。
1980年代、ビューゲル最後の頃の時代の都電荒川線をご紹介します。

FH030004u.jpg
▲冷房化改造された7000形も最初はビューゲルでした。(宮野前)

特に、宮野前ー熊野前間は、都電荒川線全線を通してもわずかしか残っていなかった完全な併用軌道区間で、いかにも昭和といった空気(当時も昭和でしたが・・・昭和40年代っぽい雰囲気)が残っていて好きでした。

FH030003u.jpg
▲もちろん7500形車体更新車もビューゲル搭載です。(7511号 宮野前)

Z形に折れていないストレートなビューゲルは、当時の全国の路面電車を見渡しても珍しかったのでは?と思います。
とにかく筆者、ビューゲルを搭載した都電、大好きでした!

で、先ほど更新前の7500形が三ノ輪橋方面に行ったということは・・・この電車が戻るまでこの場所で粘ることにしたのです。

FH030005u_20240205132431d81.jpg
▲尾久八幡神社の境内より。駅前の電停を望む。

FH030006u.jpg
▲先ほどの三ノ輪橋行き7511号が早稲田行きとなって帰ってきたようです。(7511号 宮野前)

この場所、街の雰囲気は良いのですが、午後の斜光で影になってしまうのですね・・・
残念ながら当時の筆者にそういった気づきはありませんでした。

FH030007u.jpg
▲7007号の冷房化改造、ビューゲル時代です。(7007号 宮野前)

それにしても、周囲の車が懐かしい。手前には黄色いハッチバック。昔の三菱ミラージュのようです。
後ろには6世代目のスカイラインがいます。
スカイラインはこの後、"セブンス"で豪華になり、8世代目で再びストイックに。当時は割と好きでしたよ。

しかしなんですね。
この近所に尾久警察署ってのがありまして、その門前で長時間OM-1を構えた青年がウロウロしている訳ですから・・・
もれなく職質されました(笑)

FH030008u.jpg
▲とやっていたら、戻ってきました!7504号。木陰になってしまっているところはご愛嬌!(7504号 宮野前)
 そして何と云うことでしょう!後方に見える7000形の手前、赤いランドクルーザー40系じゃないですか!

やっぱりオリジナルに近いこの姿は良いものです。
非冷房で運用されている7500形では最後に残っていた1台なのです。
今は荒川車庫前の「都電おもいで広場」に大切に保存されているところが救いですね。

FH030009.jpg
▲バックショットも!

荒川車庫行き(貸切ではなく通常運用)で戻ってきました。
こちらの角度で見ますと、ワンマン化改造時のステップが見えませんので、よりオリジナル7500形の美しさが感じられます。

このときは自転車で訪れておりましたので、すかさず追いかけまして。

FH030010u.jpg
▲何とか間に合いました。(7504号 荒川車庫前)

FH030014u.jpg

車庫の裏手に回って、塀の上から・・・(自転車の荷台にでも乗ったのか?覚えていません。)
トラバーサで車庫に収納されるシーンをバッチリと!

FH030015u.jpg

FH030011u.jpg
▲ビューゲルの向きをかえて。

FH030016u.jpg
▲最後まで見届けました。(荒川車庫)

結果として、筆者が最後に目撃した”7504号の運用している姿”となってしまいました。
それにしても、この日は当てずっぽうに出かけた割には、大好きな7504号を堪能できて幸せでした。

おまけ 〜当時の都電荒川線に集う仲間たち!〜

FH000022u.jpg
▲7504号車は一番奥にしまわれました。

FH000024u.jpg
▲手前は7500形オリジナルの赤帯車、7514号。

ステップをカットせずに唯一残っていたオリジナルの7500形です。
ボロボロになってもいつまでも留置されていたので、きっと保存されるのだろうと思っていました。
その後、小金井市の江戸東京たてもの園に保存。

江戸東京たてもの園に保存された頃は、ちょうど国分寺市に住んでいたものですから、よく遊びに行きました。
当時はピカピカでしたが、今はどうなっているのでしょうか!?
屋外に野晒しなので心配です。
雰囲気は良いですが、保存の観点で云えば、やはり屋根をかけてあげたいですね。

FH000021.jpg
▲6000形6152号車。

今や緑色となってあらかわ遊園に保存されていますが、黄色時代は珍しいのではないかと。

当時も、もう一般営業はしておらず、事業用車(降雪時の雪かきなど)として使われていたと思います。
あるいは貸切でも使っていたのか??

もひとつおまけ

FH000018u_20240205132422be9.jpg
▲当時、一番数が多かった7000形更新・非冷房車。(7017 梶原)

珍しくなかったので、あまり撮っていなかったのか?
今となってはこちらのほうが有り難いのですが。

いつぞやも記載しましたが、7000形更新車の車体は、今も7700形として生き残っているぐらいですから、やっぱり優れた車両ということなのでしょうね。
昔カツミさんが模型化されて以降、真面目に取り組んだ会社がありません。
この時代の車両というのは、時代の狭間ということで模型化されることは無いのかもしれませんね・・・

(都電の写真がまだまだありますので、いずれ続編やります)

1992年頃の東北本線東京近郊の様子


▲115系と103系(京浜東北線)。撮影地は・・・?
#115系、この写真だと300番台か1000番台か判断しにくいです。とりあえず番台は消しました。

ちょっと箸休めにデジタル化した古い写真から。
大宮よりは手前だと思いますが場所ははっきり覚えていません。
カメラは、OLYMPUS OM-1、レンズは・・・おそらくZUIKO 50mmF1.8だったか??
昨今、こういう記憶が急速に失われていっています。
フィルムの紙フォルダにメモを残すような緻密な性格ではなかったので、このような目に遭っています。

IMAGE0012.jpg
▲次は「つばさ」が写っていました。

おお!これは北海道タイプ、クハ485の1500番台じゃありませんか!
そうそう、走行写真を撮るからシャッタースピードを稼ぐためフィルムはASA400、コダックのTRI-Xでした。

IMAGE0013.jpg
▲白地にパステルカラーのピンクとブルーの白山色の489系。

普段あまり走行中の列車を撮らないものですから、焦ってシャッターを押すタイミングが早いですね。
それにしてもこの白山色っての。
ぶっちゃけ、正直な感想を述べますと「センス悪い」。。。かっこいいボンネットが台無しです。
当時の塗り替え車によくある残念なパターンでしたorz

IMAGE0015.jpg
▲同じく189系のアコモデーション改善車「あさま」。

これもシャッタータイミングが早いです。
マニュアルフォーカス、フィルムカメラの1発撮りですから緊張度合いも高いわけでして、と言い訳。
189系あさま色、こちらの塗り分けは渋いグリーンでしたが、パステルカラーよりマシという感じでしょうか。

IMAGE0016.jpg
▲こちらも1500番台!の「あいづ」。

1500番代がそうしょっちゅう来る訳はないと思いますので、もしかしたら「つばさ」の上野折り返し??
そんなにこの場所に長くいたのかな??
謎は深まるばかりナリ。

IMAGE0017.jpg
▲再び189系「あさま」。こちらはオリジナルの国鉄色です。

アコモデーション改善前ということになりますので、乗ると椅子がちょっと古めかしいと思います。
「長野新幹線」ができる前は、あさまの本数はとても多かったので、必然的にフィルムに収まる機会も多いということですね。

IMAGE0018_01.jpg
▲なんと、489系白山色の「あさま」です。

共通運用だったのですね。
そういえば、そうだったような気もします。
そしてなにより後ろの景色が、この場所のヒントかもしれません。
京浜東北線の線路が少し勾配で持ち上がっています。
もしかしたら東北本線の高架化工事をやっていたころの赤羽(の北側?)かな?

IMAGE0019.jpg
▲と思いきや撮影地が変わっています。おそらく久喜のあたりか??

EF65PFが牽引するコンテナ列車。
前の写真と同じ日なのか、別の日なのかを思い出せませんが、こちらの撮影は良く覚えています。
サークルのS先輩に誘われて、我が初の愛車REX550cc ECVTで撮影に行ったのです。

IMAGE0020.jpg
▲東北本線は115系4+4+7=15両編成の長大編成です。ずいぶんアンダーな写真になってしまっています。

この頃は不勉強で、この構図から車両を引き立たせる露出を・・・なんて考えていませんでした。
OM-1の露出計の針が真ん中にくればOKって感じで(笑)

で、ここまでが練習な訳ですヨ。

IMAGE0021.jpg
▲本命はロイヤルエンジンEF5861が牽引する、お召しの訓練列車(の記憶)。14系6連です。

IMAGE0022.jpg
▲振り向きざまにフィルムを巻いて、もう一枚。これが限界でしたが。

サイドの全てが写っていないのは残念ですが、水田の畦道に葱坊主という、何とも風情のある写真でした。
これで季節がわかります。
おそらく1992年4月末から5月初旬ということになろうかと!?

61号機との出会いにすっかり満足し、お昼に向かいます。
こういうときは車なので色々と自由が効きますね。
このとき初めて加須という街に行き、お昼に名物の「冷や汁うどん」を食べたのでした。
加須のうどんはすっかり嵌まり、30年以上たった今だに食べに行っていますから、この時の出会いは大きいものでした。
その後、自宅に車を置いて先ほどの列車の折り返しを、夕方の東十条で狙います。

IMAGE0023.jpg
▲やっぱりシャッターのタイミングがちょっと早い!!

それにしても61号機、原型大窓の美しい機関車ですねぇ。
惚れ惚れしてしまいます。

しかしこのとき、S先輩の借りもののCANON F-1で事件が。
シャッターロックがかかっていてシャッターを押せず、被写体を逃してしまうのです。
時は赤提灯の灯る頃。
駅の線路端にある居酒屋にてヤケ酒?だったかどうだったか覚えていませんが、そこがIMONさんの「模たぬき」で有名になった「たぬき東十条店」での初飲みでした。
「たぬき」には以来、30年以上行ってますし、翌年には出会った頃の(結婚前の)ヨメ様とたぬきで飲んでいるわけですから、こちらも人生を左右する?素晴らしい居酒屋との出会いということになります。

お後がよろしいようで。
何となくスキャンしたフィルムから色々思い出されてしまった一件でございました。
(おしまい)
プロフィール

ウラタニハ

Author:ウラタニハ
はにたらうの”ウラニハ”へようこそ!1970年代~80年代に活躍した鉄道が忘れられず模型の世界にどっぷりとハマっています。たまに実物も。更新頻度は高くないかもしれませんが、とりあえず出発進行!

カテゴリ
カウンター
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR